第40話 空滑り
「ここからマレイルの居城までは遠いので、途中まではルーに乗って行きなさい」
バルクーゼルの好意によって、俺たちはまたルーの背に乗っている。空の覇者の眷属には速度上昇の力が付与されるが、それにしても数日かかるらしい。
目的地は、龍の谷と呼ばれている。十メートルを超える岩石が柱か、時には家々のように並ぶ峡谷である。
『行っておくが、その近くまで行くだけだぞ。そこまで戦線を押し上げているわけでもないし」
『近くってどのあたり』
『お前らの足で一日くらいのところ。そこまで行ったら誰かに使者だとでも言えばいいさ』
ルーの速度はちょっと他よりも優れているかもしれない。火球や突進での攻撃をさらりと回避し、戦争中のはずなのに気ままにすら見える。果てしない龍の戦場を見下ろしながら、
「もしかして、ルーってすごいのかな」
「そのようだね」
黒辻がぽんと鱗を叩いた。鞍がないので少し怖いが、この速度は快感でもある。
「凄いんだぞ。私は」
と黒辻に合わせて龍語をやめた。
「六鱗杯では八位入賞だからな」
「何それ」
「お前らでいう闘技場でやるトーナメントだ」
「それってバルクーゼル公認?」
「主宰だ」
すげえことやってんなあ。なんかこいつらと喋ってると、親近感というか、どこか人間っぽくて馴れ馴れしくなってしまう。だからか、俺たちの龍への印象はルーたちが基準になって、マレイルに対してもそれほどの緊張感を持てなかった。
龍の背で日をまたぐことになったが、菓子パンと乾パンが食料のすべてである。ルーは不眠不休であるから贅沢はいえない。
この移動方法に慣れた二日目である。黒辻と絶えず雑談をしていた。声かけをしてマレイルに謁見を求めればいいと、その程度の感覚でいると、
「この辺でいいだろ。それじゃ」
前触れもなく戦場に放り出された。
「空中から投げ落とすなぁああ!!」
上空約二千メートルからのダイブである。パニックになっていると、黒辻が落ち着けとジェスチャーをしていた。
「飛行はできないが、滑空ならできる」
突如、強烈な負荷が全身にかかった。馬鹿でかい透明な滑り台があるかのように、空を斜めに移動していく。
「な、な……! おい黒辻!」
「次は飛行の術を会得しておくから!」
「そうじゃないって! この速度で滑空して、着地はどうすんだ!」
「防御呪文と抵抗障壁を全力でかけてある!」
『こちらバルクーゼルの使者である! マレイルに話がある、至急、大至急面会をしたい! とにかく頼むから拾ってくれ!」
滑空ではなく、これでは空からの滑落だ。およその落下地点は岩肌であり、激突すれば、ああ、肉体はプラモデルのごとく砕け散るだろう。
「じゃあな黒辻。楽しかったぜ」
「え?」
激突まで数秒のところで、駅に入る電車のように、体にブレーキがかかった。ゆるゆると岩壁に近寄って、そして誰かと方がぶつかった時ほどの衝撃もない。
地面までは六メートル。しかしこれもゆっくりと大地に降り立つことができた。
「飛べないだけで対策はあるんだよ。それより今際の際に言葉を残すほど怖かったんだね。楽しかった以外にはどんな候補があったんだい?」
「……黒辻さん。進みましょうか」
「あ! 距離をおくな他人行儀になるな! わかったから、もうからかわないからぁ!」
ひどい手段とひどい悪友とで、四鋭の長に会いにきた。あの落下を経験してしまったら大抵の恐怖には打ち勝てそうだ。
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