第39話 一歩前進
「あれはまだ、私が空を愛していた頃のこと」
「すっげえ昔話っぽいな」
「あなたたち、お名前は?」
「黒辻です。こっちは銀城。私のツレです」
「そう。銀城くん、話の腰を折らないようにね」
早くも忠告が入ってしまった。彼女は、バルクーゼルは遠い過去を虚空に写し、うたうように語る。
「恋仲、とは少し違うけど、心を許せる相手がいたの。勇敢で気持ちが優しくて、空を飛ぶのは苦手だったけど、素晴らしい心の持ち主だった」
「それがマレイルか」
「そう。あるとき彼と口論になったの。当時はどの龍も支配欲に支配されていて、彼もそう、俺はこの世の全ての龍を従えたいって息巻いて、揉め事ばかり起こしていたの」
揉め事なんて言い方をしているが、その規模はやはり龍の尺度だから、人間からすればとてつもない災害だっただろう。
「でも、私は……誰かを従えるより、誰かに隣にいて欲しかった。わかるわよね、黒辻さん?」
「え、あの、まあ……はい」
「でしょでしょ? やっぱりそうなのよ、マレイルはそこを勘違いしたみたいね、私の隣に並ぶには、龍の頂点にいなくてはならん、なんて大真面目で」
どうやら、その辺りで彼女たちは友人同士ではいられなくなったらしい。声のトーンが露骨に落ちている。
「彼は去った。私はまだ……空を愛せていない。今回の戦さは、あっちから仕掛けてきたの。強さを得た今ならば、お前の隣に立てる。それを私を相手にして示すなんて奇妙でしょ? それに、私にも守るべきものがある」
「——俺たちがマレイルに直談判するよ。伝書鳩かメールみたいなもんだ」
「あら。それは嬉しいけど」
「そのために眷属になりたいんだ。道中無事であるために、なんなら使者ってことにしてもいい。人間なら龍と比べて非力だから警戒もされにくいと思うし」
龍と比べればほとんどの種族は非力だ。この翼を持つ大きなトカゲが、争いとなれば最も危険であり恐怖すべき生物だろう。
「んー、でもマレイルが話を聞いてくれるかわからないじゃない」
「そこは強引にやる。バルクーゼルの名前を出せば、その思い出話もほのめかせば、むげにはされないよ」
「危険よ。とってもね」
「そこは私がなんとかします。護衛ですので」
「銀城くん、そこまでして眷属になりたいの?」
「はい」
と元気よく答えたのはいいが、どうも見透かされている気がする。
「あなたは今、人間全ての信用を背負っているわ。私はバルクーゼル、六鱗の長、意思とは無関係に立場があるの。嘘や偽りがあればそれが人間であると定義しなくてはならないかも」
「嘘じゃない。それが戦争終結につながる可能性を持っているとは疑っていない。でも、まあ、俺が眷属になりたい理由は他にもある」
「うふふ、素直ね。言ってご覧なさい」
「不老不死だ。それになりたい」
「……なるほどね。眷属になって力を得て、へえ、龍と同格の存在にまで自分を高めようとしているのね」
「それが不老不死への条件なら」
「マレイルと同じ匂いがするわね」
「じゃあ気が合うかもしれない。俺が会話で戦争を終わらせれば最高だし、失敗しても痛い目を見るのは俺たちだけだ。どうかな、俺を利用して欲しいんだ、俺のために」
お願いしますと黒辻が先に頭を下げた。付き合わせて申し訳ないが、まずやるべきはその頭の位置よりも自分の頭を低くすることだ。先ほど跪いたように礼をすると、バルクーゼルの嘆息が冷たく地面を這う。
「眷属になって、運よく龍と同格の存在になっても、不老不死になれるかどうかはわからない。それでもいいの?」
「いいよ。かもしれないを追って大学に入ったんだ。それに、ガーデンは存在している。エルフも、龍もいる。不老不死がないなんてのはあり得ないだろ」
また嘆息。そして「二人とも、もう少し近寄って」と諦めに近い感情が声に重みを持たせた。彼女の顎の近くまでいくと、
「不老不死ねえ。ま、戦いたいとか支配したいよりかはマシよねえ」
と、彼女の目の下のあたりから淡く光る結晶が降ってきた。
「な、何これ」
「二つあるけど、え、私も?」
「一枚も二枚も変わらないもの。それは私の鱗。眷属にしてあげる」
「まじかよやったぜ!」
「はしゃがないの。それに羽か腕で触れなさい」
「人間でいう背中?」
「あ、じゃあ手でいいわ。誇示できる部分がおすすめ」
二人して先に触れろと目で威嚇し合うが、負けた。触れると鱗は消えて無くなり、右手の甲に六厘の紋章が浮かび上がる。
「——なんか光ってるけど」
「意識を集中すれば大丈夫。ま、光ってても問題ないでしょ」
「あるよ。なあ黒辻」
「意識したら消えたぞ。コツを教えてあげようか」
「自分でやってみてダメだったら教えてくれ」
「今教えてあげるよ。まずは集中だ、それから意識を紋章に集めてだね」
「……バルクーゼル、ありがとう。早速マレイルのところに行ってくるよ」
「あら、意外と尻に敷かれているのね」
「えへへ、そんなことないですよバルクーゼル。なあ銀城?」
何を照れていやがる。しかし龍の眷属か。まさか本当になれるとは思わなかったが、少し前までは龍の存在もこの世界についてもまるで無知だった。今後何があろうとも驚くことは少ないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます