第38話 龍の長
『ルー、お帰りなさい。それはお土産?』
空を自由に飛び、その最高峰の速度と美しさから空の覇者とも称される六鱗の長、バルクーゼル。俺たちはルーの背に乗って、彼女のいる六鱗の本拠地までやってきた。
樹海の奥深く、人里から完全に離れたそこは、ほんのわずかしか陽が差し込まないのにもかかわらず、明るい。光が紋章の龍たちの鱗に柔らかく反射している。
『いいえ。この人間が、戦争終結ができると申したために連れてまいりました』
彼女の大きな瞳が二度まばたきをした。
全長も体型もよくわからない。木々に隠れ、おそらくは寝そべっているのだろう、樹海の端から端まであるとしても不思議ではなく、その顎だけでも二十メートルはありそうだった。
鱗は全体的に青い。苔が生えている部分には歳月の重みを感じさせるが、しかしその声には無邪気な少女というような明るさがあった。
「なんで龍のボスと直接面談できているんだろうね」
「俺のせいかな。おかげかな」
「どっちでもいいけど、私を食べても美味しくないとだけは伝えてくれよ」
バルクーゼルはゴロゴロと喉を鳴らし、日本語で食べませんよと笑った。
「私もそれなりに長く生きています。文武両道というのでしょう? どうですか、さすがは六鱗の長、褒め称えたい気持ちが増したでしょう」
「フランクだなあ」
「銀城、言葉は選んだ方が無難だ。素敵ですと言っておきなさい」
「うふふ。あ、ルーは外で待機していて頂戴」
「かしこまりました」
「あいつも会話できるじゃん! 龍語いらないじゃん!」
「うふふ。ちゃんと普段は龍語でお話ししているもの。あなたたちとなら楽しくおしゃべりできそうだけど、状況がそれを許してくれないのよね」
終結とは、何を指しているのかしら。
身震いするような冷気が、彼女の牙の隙間から雪崩れ込んでくる。ただのほんわかしたバカでかい龍じゃないとわかってはいたが、俺たちを無条件で跪かせるくらいには、その冷気には威風があった。
「そこのお嬢さんは道理がわかっているわ。言葉は選んだ方が無難よ。さ、答えて頂戴」
肌が粟立つ。視線を地に落とし、肩の震えが止まらない。
それでも何かを言わなければ、この心臓を鷲掴みにされるような恐怖と焦燥は永遠のものになるかもしれない。
逃れたい一心が、俺にわずかな勇気を与えた。
「け、眷属にしてくれ」
「……はあ?」
驚きが黒辻を不調からわずかに解放し、しかし、したことといえば俺をどつくことだった。
「馬鹿か! 今はそれどころじゃないだろう!」
「作戦だ! やりようはある、それには眷属にならないといけないんだ!」
言い争っていると、いつの間にか恐怖の冷気が収まっている。バルクーゼルの瞳も、どこか優しいものになっていた。
「あらぁ、仲がいいのねえ。私とマレイルも昔はそうだったんだけどねえ」
ん、なんかすごいこと言ったな。これに乗じてうまいこと進んでくれないかな。と思ったそばから黒辻が口パクで何か言っている。
(チャンス)
「だよな」
「どうしたの?」
「あー、聞いちゃまずいかもだけど」
周囲には側近の龍がいる。相手が龍とはいえ衆人の前で過去をほじくることはしたくない。
「大丈夫よ。この子たちに秘密はないもの」
「じゃあ、怒らないで欲しいんだけどさ、マレイルと昔なんかあったの?」
ざわつきだす側近たち。龍語で無礼だとか弁えろとか、それと聞くに耐えない悪口が雄叫びとして発せられる。黒辻が俺の袖を掴んだのも無理はない。
「はーい静かにしてねー」
それだけで、静寂が戻った。紋章での支配ではなく、彼女の長たる資質がもたらした結束だろう。
「あなたたちでいう恋バナってやつよねえ。でも、どうしよっかなあ」
「何を小娘みたいなことを」
「お嬢さん?」
「あなたに母を重ねるほどお慕いしております」
「うふふ、じゃあ、教えてあげようかなあ」
誰が叙事詩にできようか。銀城と黒辻、空の覇者から恋バナを聴く、と。
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