第37話 窮地に飛ぶ
火球がクレーターを作り、そこには必ず倒れた龍がいる。肉を焼き煙が空へと伸びていて、その臭いが鼻につく。
龍がまた一匹落ちた。飛行能力を命と共に失い、紙飛行機よりも無様に着地すると、地響きとその見ていられないほどの悲惨な塊は、みな一様に目を開けている。
「銀城」
逃げ出してしまえと脳が叫んでいる。全身を躍動させようとしたその時に、この場でできることをせよと黒辻が俺の名に含みを持たせた。
「……わかってる」
街の出入口である門から様子を伺うと、俺たちがルーという龍に出会ったあの森が主戦場になっているようだった。あそこまで無事に辿りつけるかどうか、それを問うと、
「きみに身体強化の呪文を施す。悪いが私を背負ってくれ、その方が周りを観察できる」
「重くないか?」
「親友でありお互いの家に何度も遊びに行き来し両親だって認める仲でそれなりに長い付きあいだが、仮にも女の子だ。聞くんじゃないよそんなことは」
「いや、背負うんだから大切なことじゃないか?」
「黙りなさい」
背負うと、まあそれなりである。それが顔に出ていたのか、
「じゃあなんだ、きみが私の作ったご飯を食べている時、私だけ水を飲んでいろというのかい。それはおかしいだろう、一応食事には気を使っているし、きみがガツガツ食うのをおかわりもせずに見ているじゃないか。それをきみは重いから背負いたくないと? 銀城、それはどうなんだ、なあ銀城、銀城、私はおかしなことを言っているかい」
「何も言ってないじゃん。実際軽いよ」
「じゃあさっさと出発したまえ。ほら、ダッシュだよ、軽いならできるだろう。これはもうただの移動じゃないぞ、私ときみの信頼関係の問題だ。きみの態度と言動がそうさせたんだ」
「怒るなよ。軽いって」
「いーや重いなあって顔してた! それに怒ってない!」
「はい。では出発します」
首すじをつねられながら走り出す。なんとも原始的な移動手段だし、見栄えが悪い。しかしこれより他にはどうもできない。慣れない馬に乗るよりも自分の足を動かした方が速い気もする。
途中、何度か火球を浴びたが、黒辻が呪文によって弾き返した。
「すげえな黒辻!」
「命の恩人だぞ。重いなんて二度と思わないよね?」
「……うん」
「やっぱり思ったんじゃないか!」
彼女にとっては龍よりもそのことの方が大切で、俺にとっては龍よりも彼女の方が怖かった。
森は相当に騒がしい。空だけでなく、地上戦も行われているようで、雄叫びも意味を持たず、龍語での会話はどこにもない。
「とにかくルーを見つけないと」
「全体に声をかけてはどうだい」
「戦いは中止ですって? だめだ、こいつらは止まらない。龍になったからかな、わかるんだ。奴らは心の根っこで戦いを求めているんだ」
話のわかる龍がいるとすれば、ルーしかいない。六鱗と四鋭、二つの紋章が入り混じる中、あてもないためとりあえずはとあの泉まで向かうことにした。
『ルー! 俺だ、銀城だ!』
返事はないが、とにかく話を聞いてもらわなければならない。もはやどの龍でもいいほどに戦火に恐れ、やけくそで叫んだ。
『六鱗の加勢に来たぞ!』
瞬間、木々をなぎ倒し、羽のない龍が大口を開けて現れた。腕には四鋭の紋章が光り、数秒で俺たちの命はすりつぶされるだろうその時、横あいから飛んできた影がその首筋に食らいついた。
ただ一撃で首を噛みちぎり、俺よりも大きな頭が落ちる。ルーはそれに関心を示さず、むしろこの場にいる人間へ嘲笑した。
『ただの人間風情が加勢とはおかしなことを』
『ルー……!』
『今日はツレが一人か。まあ忙しいから話は後日。帰った方が身のためだ』
『帰ってたまるか、それどころじゃねえ! 今すぐだ、切羽詰ってんのはお互い様だ、あんたのボスに会わせろ、そうしたらこんな戦争、すぐに終わらせてやる!』
無論できない。寸前に味わった命の危機がそんなことを口走らせたのだ。ここにいては死ぬだけで、それならばルーに、六鱗側に庇護を求めた方がいい。
『大口を叩くな』
『恩を売るわけじゃないが、あんたら龍は仁義にあつい。怪我の治療は誰がやった』
『頼んでおらん』
『それは薄情だぜ。六鱗の紋章に顔向けできんのか!』
「うわ、銀城。ちょっと龍が集まりすぎてる。ここはまずい」
大きな影が三つ、取り巻きが二つ。四鋭の紋章が木陰に輝き、ルーは嘆息して身を伏せた。
『乗れ』
『助かる! 黒辻行くぞ』
「え? なに、急に手を引くんじゃないよ——きゃあぁああ!」
伏せた龍は黒辻の体を半分ほど背に乗せた状態で、そのまま大きく飛び上がった。火の礫を回転し、時には急上昇と下降を織り交ぜ躱していく。
『主の元に送る。それで貸し借りはなし。いいな』
『まじでありがとう! 持つべきものは友達だ!」
鱗を叩いたり撫でたりすると、くすぐったかったのか風に煽られてバランスを崩す。黒辻がそれに合わせて悲鳴をあげるので何度かやった。背中にパンチをもらい、『次はない』と脅されたので、それまでにした。
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