第36話 開戦
「くふっ」
ゲートを潜り、その光景を目にした時、俺の表情は笑みに近いなにかに染まり、笑声というほかない悲鳴が喉から迫り上がってきた。
火球によって粉砕された建物の火消しに奔走する街の人たち、遠くの畑は大きな足跡で踏み荒らされ、空には雲を食い荒らすように龍が飛ぶ。
戦争というものがどういう性質を持ち、その前後の歴史や文化に与える影響の大きさを、俺は資料や文献の中でしか知らない。
だが、このガーデンにおいては、俺はその渦中にいる。
「銀城!」
「テリーさん——」
「何をしに来たとは言わない。ともかく酒場に行け。松山が待ってる」
言われるがまま、通りを走った。肩がぶつかっても、人波をかきわけても、文句は言われない。
松山さんは俺の到着を待ち望んでいたらしく、すぐに事情を説明した。
その場にはサナたち同期全員がいて、黒辻は「やあ」と気さくで、俺の心の振幅の幅を狭めようと、あえて微笑んだ。
「龍の斥候がいたと大学側にも報告はしたけド、開戦がこんなに早いとは思いませんでしタ。防備も何も間に合わズ、避難できていない人もまだ多い現状でス」
学生を動員しなくてはならないほどの窮地である。松山さんは温和な人だが、やはり姉御肌というのか、そのきっぷの良さが今の彼女の原動力のようである。
「私のゼミの子たちはみんな優秀なのデ、このヤベー状況でも大丈夫だと思いまス。なのでここに来るか来ないかはお任せしたわけですガ」
揃っちゃったネと少しだけ寂しそうな顔をする。
「私は別に、酒場には世話になっているから。それだけだ」
「僕は戦闘経験は積んでおきたいからかな」
「死体の腑分けの許可が下りたのでぇ」
「みんながやるっていうから」
「黒辻から連絡があったから」
「……理由はさておき集まってくれたありがト。悠長に話している間にも被害は出ているので手短ニ。サナさんとカヤマさんは守衛さんたちと大学で雇った傭兵と行動、これに乗じて盗賊とか魔獣が襲ってきてもおかしくないから防衛に回ってネ」
テリーさんたちと行動できるなら安心だ。クロスは治療係として病院で働き、では俺たちにはどんな仕事が与えられるのか。
「銀城くんは戦争の理由を確かめてきてもらいまス。原因の調査だネ。黒辻さんはその護衛」
「どうやって確かめるんですか?」
「言葉デ。あなたしか翻訳者はいないもノ」
「せ、先生がいたでしょ。龍語ができるあの」
「彼は帰省中で連絡が取れませン」
最悪じゃん。俺だって帰省中だったのに。まあ一切の連絡を絶っていたとして、夏休み明けのガーデンがめちゃくちゃになっていたらと考えると、いや考えたくない。
「危険性を問うこともそうですが、なぜ私が護衛なんですか? 不満ではなく、疑問ですけど」
「内緒で覚えてる怪しい呪文、使うチャンスをあげるってこト」
「……それは、どうも」
「待って、俺はどうすんの? 具体的な指示はないんすか?」
「以前おしゃべりした龍を探すでもいいし全体に呼びかけるでもいイ。手段は問いませン」
「丸投げじゃん!」
「あっははは! 適当にやっても誰も責められないさ。そういう現場だ、行こうカヤマ。闘技場のバイトはなくなりそうだし、悪党をボコボコにして憂さを晴らそう」
「捕縛が推奨されている気もするけど」
「では私も病院に行ってきますぅ。手段は問いませんよねぇ?」
「そっちは問うヨ? 人道と倫理から外れないでヨ」
「それは私じゃなくて黒辻さんに言った方がぁ」
「行くぞ銀城! かたっぱしから話しかけるんだ、RPGよろしく全ての龍にカーソルを合わせろ!」
出発のテンションはいつもの酒場のやりとりと変わらない。はっきりとそれに救われたのだとわかる。すぐ隣に黒辻と、不老不死でしか克服できない存在が、彼女と同じように微笑んでいるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます