第34話 予定

 龍と会話をした一件から数日後、俺たちはガーデンではなく黒辻の家に遊びにきていた。

 教授の態度が悪いとか単位の相談とか、秋学期の履修についてなど他愛のない話で盛り上がり、当然のように家主の手料理を食っていると、


「そういえば、夏休みにも単位がもらえるらしいぞ」


 とどこから仕入れたのか、サナが言う。今朝に松山さんにいただいた一升瓶は、すでに半分空である。


「龍がうるさくなってきているのは知っているだろ? 防衛の準備をするんだとさ。人手はいくらあってもいいらしいから、金は出ないが単位はやる、そういうバイトだ」

「防衛って、あの街が戦場になるの?」


 カヤマの不安はそこにある。当然、俺たちも同様だ。


「それはわからないけど、しておくに越したことはないさ」

「でもぉ、あの距離に龍がいたんですもの、まあ被害は出そうですよねぇ」

「どうしようかなあ。日程とかわかる?」


 実家に帰るつもりでいたし、もう連絡もしてある。妹へ渡す小遣いも用意したし、なぜか黒辻もお土産を欲しがったので、それも準備しなければ。

 そういうタイミングだから、単位は欲しいけど参加は難しそうだ。


「九月の、いつだったかな」

「僕は参加しようかな」

「私も見たいですぅ。やっぱりガチンコって面白いですからねぇ」

「見たことあんのかお前」

「路上ではたくさんありますよぅ」

「俺は、まあそのくらいなら行けるかなあ。一ヶ月は実家にいるとしても、どうせ九月は暇になるだろうし、清掃のバイトだってあるだろうから」

「きみが行くなら私も行こう」

「銀城くんは参加してもいいんじゃない?」


 なんとカヤマは飛び入り参加が可能なら自分も出たいと言い始めた。


「……やめといたら?」


 サナがやんわりと止めた。この無鉄砲な人物がストップをかけるのは珍しいがカヤマには甘いのでいいとしても、そのカヤマが荒事に首を突っ込みたがるのは珍しい。彼女は野良猫の喧嘩でさえも間に入るような優しさを持っているのに。


「勝てば賞金が出るはずだよ。二重取りとは違うけど、得るものは多いんだ」

「単位、お金、それと名声、いいですねぇ」

「言うは易し行うは難しだが、カヤマは自信があるのかい?」

「あんまりないけど、経験しておいた方がいいと思うんだ。だって」


 ドラゴンと戦うかもしれないから。


 そうはにかむ彼女のそれは、戦闘狂と称される一族に席を置く武人の顔つきである。並々ならぬ覚悟がすでにあるようだった。


「五人でパーティを組むなら、戦える人は二人くらい欲しいよね」

「パーティとは戦闘または野外活動を行う場合の単位。三人から六人が基本となる」

「相変わらずきみの丸暗記は役に立つね」

「それはいいが、銀城って戦えるのか?」

「そういえば護身術の講義を受けてましたねぇ。マンツーマンが基本の寂しい講義のぉ」

「う、うん。一応ね。でも戦えるってほどじゃ」

「でも立ち技で一本とったって言ってたじゃない。魔法もそれなりにできるんでしょ?」

「……火起こしには困らないくらいには。他は障壁と回復が少し」

「死にそうになるまでボコボコにされるから、教授ではなく生存本能が回復魔法を得意にさせたんだっけ? やはりあの教授には一度言い聞かせないといけないね」

「揉めないでくれよ。頼むから」

「でもほら、銀城くんの腕、太いから。きっと大丈夫だよ」


 カヤマの妙な判断基準にみんな首を傾げたが、もしかすると彼女は一人で出るのが心細いのかもしれない。

 強引にでも誰かと一緒に参加したいためにそんなことを言ったのかもしれない。

 ならば一肌脱ごうじゃないか。大勢の前で恥をかいたとしても、こうやってまた集まって笑い話にできるならそれでいい。


「よし。じゃあ俺もやる」

「やった! ありがと、僕も頑張るよ」

「黒辻、試合前に薬漬けにしておけよ。痛みを感じない体にするとかさ」

「サナ、サナ。毎日一つ呪文を覚えることを日課にした私だ。昨日の呪文を試してもいいかな」

「黒辻さんもなかなか人外じみたことしてますねぇ」


 こいつらの言葉はどれが本物なのかわからない。冗談だけで会話が成立しているような気さえする。

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