第33話 無事
クロスの治療とは、薬品を使って肉体を活性化させるほかにも、呪文を用いたやり方で松山さんを感嘆させた。
「どこで覚えたノ」
「実家でちょっとぉ。生兵法ですけどぉ」
謙遜したが、三十分ほどで龍は全治し、元から大した怪我ではなかったらしいが、それにしても巧みな治療であり、龍の生命力にも驚かされる。
『感謝するぞ、クロス』
「ありがとうって言ってる」
「いえいえ、お安い御用ですぅ」
『そこの女どもはなんだ、仲間といっていたが』
改めて目的を伝えると、龍は早死にしそうな連中だと嘲笑した。
『紋章の龍同士の争いだ。バルクーゼル様もマレイル様も加減をしらん、見物も何も、見たくないものですら被害を被る。今すぐに逃げた方がいい』
『うん。それはさっきのでわかった。でさ、ちょっと相談があるんだけど』
こいつを窓口にして社長と面会なんてできないかな。アポはないけど命の恩人ってことで。
『人間も眷属になれたりしないかな?』
龍が笑う。森の植物たちが根こそぎ倒れるような咆哮に、黒辻が俺の頭を掴み、サナが膝のうしろを蹴った。
見事な連携で跪き、同期たちもそのただならぬ雰囲気だけで誠心誠意の謝罪ポーズがいつでもできるよう準備している。
「ミスったかい? 謝って済むなら頭くらいいくらでも下げるが」
「エルフの謝罪は高くつくぞ」
『馬鹿なことを言う人間だ。クック、面白いな貴様』
「全然怒ってないから大丈夫だって」
「なぁんだ、じゃあ立ちますよぅ」
「損した気分だ」
「サナ、あんまり文句を言わない方がいい」
「びびるな異世界人。私からすればお前らの方が珍しいぞ」
龍はひとしきり笑った後、紋章が輝く翼を見せ付けるように動かした。
『私の名はルー。バルクーゼルの紋章を戴いている。貴様らの名はなんという。他の者らは無口なものが多いようだが』
『俺は銀城九郎。みんなは喋れないよ。色々あって、龍語ができるようになったから連れてきてもらったんだ』
長々と他人の自己紹介までした。ルーは相槌もなく黙っていてた。
『それでな、眷属になりたいっていったのには理由があって』
『それはまた次に会ったときにきく。私にはまだすることがあるのだ』
身を起こし、全員の顔を見て、また笑う。
『妙な組み合わせだな。大学か、人間も面白いことをする』
では、さらば。とあっさり飛び立ってしまった。
「……帰り道も聞けばよかったな」
「いや、少し時間が欲しいよ。この興奮を鎮めるために。それと、きみたちの会話の内容も知りたいしね」
「お前らの紹介だけだよ」
「うわ、龍に顔と名前を覚えられたのか。なんか……なあ?」
「ちょっと怖いですぅ」
「無事だから問題なシ。本当にそれだけが心配だったもン、それくらいは誤差でス」
「眷属になりたい理由を説明しようとしたら、用があるからまた今度ってさ」
言ったのか。と黒辻はワクワクを隠しきれず、俺の背を叩く。最近は力加減を忘れたかのような渾身の一撃が多い。
(痛ってえ……)
「次っていつ? 約束はしたのかい?」
「まだだけど」
「僕たちも言葉を勉強した方がいいのかな」
「一人いればいいと思いますぅ」
「やってられん。それに使う機会が乏しいだろ」
龍ことルーの次回がいつになるのかわからない。しかしその時こそ、不老不死となる瞬間かもしれない。入学してまだまもないが、欲するものが近づく足音が聞こえた気がした。
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