第32話 言葉の力

『何者だ』


 龍はそう問う。雄叫びを通して、俺にだけそれが分かった。


「どうする? なんて応えよう」

「きみにしかわからないよ。こちらに敵意がないことを伝えればそれでいい」


 あまりにも当然のように理解できたため彼女たちの混乱を招いたが、黒辻がそうせよといったことをそのまますればいいと松山さんからの許しが出た。


『人間の学生だよ。引率者の先生と一緒に龍を見にきたんだ』

『龍を見に? 我々は戦争をしているのだぞ』

「やべえって! 戦争してるって言ってる!」

『喚くな人間。誰と口を利いているのか理解しているのか』

「俺らの言葉理解してる!」

『喚くなと言っているのだ』


 黒辻からすれば、俺がゴロゴロ喉を鳴らしてガーと叫び、その合間に取り乱して戦争なんて口走ったと思われても仕方がない。


『ちょ、ちょっと待ってくれ。詳しく聞きたいんだけど』

『そういえば、なぜ我ら言葉を解する』

『あ、じゃあそれも説明するからさ、色々教えてよ』

『……小賢しいな』


 絶対に機嫌を損ねるなと、無音の視線が痛い。 


『ごめん。そっちに行ってもいいよな? これから行くから待っててくれ』

『来なくていい』

『いや行くって』


 来るなと何度かわれたが、俺はみんなを連れてそいつのところまで向かった。焦げた匂いが強い方向に向かうと、十分もしないうちに先ほどの龍が見えてくる。


 怪我をしている。綺麗なはずの鱗は煤にまみれ、ところどころ剥げ落ち肉が見えている箇所が複数ある。


『多いな』


 人数を見て、龍はため息をつく。それが戦闘の合図ではないとは俺にだけがわかることで、サナと、そしてカヤマが最もその意欲を示した。手斧を抜いて手で遊ばせている。


『ほう、戦の子か』

「カヤマ、大丈夫だよ。敵意はないはずだから」


 そして一呼吸も置かない会話の中で、『学生だからな。いろんなところから来るんだ』と続けた。


「うわあ、その普通に喋ってるところから龍語に移るの気味悪いな」

「出来の悪い動画編集の途中みたいだ」

「ドラゴンと生活できますねぇ」

『そいつらは仲間か』

『そう。怪我してんなら多分治せる。このクロスってのが薬持ってるから』

『世話にはならん』

『遠慮すんなって』


 クロスにその旨を伝えると、怯えた態度はむしろ失礼だと意気込み、わざわざしなくてもいいスキップで近寄った。不安なので俺もそのあとに続いたが、龍は大人しいままだった。

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