第30話 見張りの夜に
昼間でも薄暗い森の中は一時間ほど歩いただけで汗をかく。木の根は段差、蔦は壁、人類の開拓に反抗する泉の番人は、俺よりも黒辻たちに牙を剝く。
「休憩したくないか?」
「そうですねぇ」
クロスはそれに同意したが、まだまだ元気いっぱいなサナとカヤマは平然と、
「松山をみろ。私たちに入念な準備してこいと言ったくせに、あいつはローファーで来ているぞ。お前らが先にへばってどうする」
「お水と飴があるからどうぞ。もう少し進んだら休憩にしようよ」
「慣れた靴が一番いいんですからほっといテ。それに鍛え方が違いますのデ」
足元もそうだが、ジャージ姿の彼女は俺たちが最初に行ったあの丘に向かう程度の装備である。
「松山さん、それで疲れないの? 俺は結構汗かいてるけど」
「へーきでス。あ、みんなはぐれないでついてきてねネ」
二度の休憩を挟み、日が傾くと森は真っ暗になった。光源は魔法による灯火と、小さな焚き火である。見張りをたてなければならないというから、なおさらに不安をかきたてる。
「三時間交代にする」
と、シフトをサナが決めた。彼女のリーダーシップには助けられることが多く、こういう野外活動では実に頼りになる。
カヤマと二人で、空を覆う木々の下、火を囲んだ。不穏な気配や異常があれば大声を出せということになっている。
「銀城くんはすごいねえ」
不意にそんなことを言われた。
「なんで。別にすごかないよ」
「だって、体も鍛えてるし、龍語もそうだけど、勉強も頑張ってるからさ」
「前半の二つは……なんとなくの成り行きだけどな。勉強は、ほら、俺はあっちの生まれだから、ガーデンのことが珍しいからだよ。俺たちのところではオカルトだなんて嘘とか冗談扱いされてたのに、だけどお前たちはいて、俺もここにいる。もっと知りたいと思うのは自然だよ」
熱を帯びていた言葉に、カヤマは微笑した。
「僕は戦闘民族として産まれたのに、この体にはその素質がない。どうしてこうなのかってところから始まったんだ。僕の体にある異常をどうにかしたくてさ」
「異常って、怖がりとか人見知りのこと? そんなもん普通だよ」
「強さが正義だって教えは、それを認めないんだ。色々嫌なこととか考えることが多くなって、だから学校で自分について学ぼうと思った。でも、逃げ出したともいえる。やっぱり臆病だよね」
「……そういうもんかなあ。素質って、好戦的な人ほど優れてるってこと?」
「大雑把にいえばね。他の人は心が戦を喜ぶんだって」
内面的な性質に俺がどうこう言っても仕方がない。だけど友人の悩みを「仕方がない」で済ませるのもモヤモヤする。
「カヤマはそれを、なんていうか、優秀になりたいのか? 戦い歓ぶ人に」
「それがね、わからないんだ。僕はこうだけど、銀城くんたちとも仲良く……仲良しだよね? 友達だよね?」
「疑うなよそんなこと。友達で、仲良しで、同期で、たくさんつながりがあるじゃないか」
「あは、そうだよね。それなら、このままでいいのかなって思ったりもするんだ。僕が強くなれば家族もそれを誇りに思ってくれる。喜んでくれる。そうありたいって気持ちは残ってる。でも、でも、これって家族とみんなを天秤にかけてるみたいで、ちょっと辛いんだ」
「期待されてんだ」
「少しね」
俺はされていないから、むしろ羨ましい。なんて軽く話を紛らわすこともできただろう。しかし、小さな焚き火の火の粉が爆ぜ、どうやら俺に引火したようだ。
「どっちかだけなのかな」
「え?」
「いや、どっちも欲しいよなあって思うじゃん。これとこれどっちがいいかって、両方欲しい。だろ?」
「う、うん」
「オチも解決策もないぞ。俺はどっちも欲しいって思った。それだけ」
「……うん。どっちも欲しいよねえ」
不甲斐ない答えしか出せない俺への優しさがそう言わせたのか、それとも本心なのか、それを見抜くにはまだ時間がかかりそうだ。なぜって、俺はまだカヤマの基本的なことさえ正しくわかっていないのだから。
「カヤマってさ、スカートとかはくの?」
「……うん。でも、なんでそんなことを訊くの?」
「みたことないからさ。クロスはたまに着てるじゃん。あ、サナは違うな」
「あはは。でも、スカートで森には入らないんじゃないかなあ」
「そりゃそうだ」
お前は女の子か、なんて真正面からきく勇気はない。よく考えれば、どっちでもよかった。はっきりさせても損はないけど、しかし得もない。
「さっきからなんで胸ばっかりを見るの?」
「深い意味はないけど、ごめん」
「あ、女の子っぽくないって言いたいんでしょ。僕らはあんまり性別を重視しないから、多分そのせいだよ。しかもぺったんこだしね」
「いやいやめっちゃ女の子だって。かわいいよ。俺は嘘をつかない男だから信用してくれ」
「あはは、それは嬉しいけど、いいの? 黒辻さんに告げ口しちゃうかも」
「したって構わないけど、お前はそんなことをする……女じゃない」
「なにかなその間は」
「俺の中ではっきり分かったことがある。これは収穫だ」
「はぐらかしてる?」
「うん」
緩い笑声につられて方が揺れる。彼女の悩みは解決できないけど、その不安定な心のぐらつきを抑えることはできるかもしれない。いいや、やるんだよ銀城九郎。そうやって意気込むくらいには、どうも彼女のからかうような親近感が気に入っている。
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