第29話 誇示

「なんデ? なんでマスターできたノ? 一週間なんテ、やめきなさい危ないよってわからせるための期限なのに一日でクリアできるってどんなズル?」


 不満芬々の松山さんは、しかし律儀にも約束を守り、俺たちのドラゴン見学を許し、その護衛についてくれることを確約してくれた。


 夏休みに入る最後のゼミに、ゲートのある街を離れ、龍がよく現れるというスポットに連れて行ってもらえることになった。

 来るべきその日に備え、俺たちには万全の用意をせよとほとんど命令に近い強制力で指示が出た。命を守るためである。


 学園の制服を着てこいという。防刃であり魔法にも耐性があるらしい。さらにはナイフとテントなどの寝具一式、俺と黒辻には剣とナイフが貸し出された。使ったことはないが一応の護身と脅し代わりにはなる。


 出発するときには引率する松山さんも気持ちを切り替えていて、自分の研究のためにも龍についての知識が必要だからと納得している。誰にもマイナスの感情はなく、好奇心と興奮が全員の顔にあった。


「もしバルクーゼルと出会ったらそのまま眷属にしてもらうのかい?」


 黒辻も遠足気分でいる。そのポイントとは街から百キロほど離れた森で、龍がよく水を飲みに来る泉があるという。森の入り口までは馬車をかり、そこからは徒歩での移動だ。


 馬車で、彼女はすっかり龍を見られることを前提に、そこから先の展開を当たり前のように語る。


「夢が叶いそうだね」

「気が早いって」


 制服の上にガーデンパーカーを着ている。鞄には俺があげたキーホルダー、髪にはヘアピンと、彼女の気合がそれらのアクセサリーに現れていた。


「もし空の覇者の、バルクーゼルの眷属になったら足が速くなるのかな」


 最速、または最も美しい龍とされるバルクーゼルは、眷属に速度上昇効果のある紋章を授ける。人間がそれを得たらどうなるのか、文献を漁っても記述はなかった。


「それを今から確かめに行くんだ。には悪いが、せっかくの機機会だ、好きにやらせてもらおう」


 サナのいう御者とは、松山さんのことだ。彼女が馬を操り、その森までの距離を縮めていく。もう一人、御者がいる。迎えに来るのがこの人で、彼女だけが乗り気じゃない。


「龍なんか見なくたってご飯は食べられるし仕事もできる」


 そう苦言を呈したのはどこかで見た顔だと思ったら酒場のお給仕さんだった。銀貨につられて引き受けたらしい。

 あっちはあっちで最近の酒場でのあった噂話に花を咲かせ、俺たちは何で武装してきたかの話になった。


「じゃーん。僕は一族の伝統衣装だよ」


 制服の上に民族衣装のジャケットをはおっている。綺麗な刺繍が施され、鮮やかさはそのまま魔除けの呪いにもなっているという。


「これはお婆ちゃんから譲ってもらったとっても由緒あるものなんだ」

「どんなご利益があんの?」

「血を吸えば吸うほど力が湧いてくるし、気持ちも昂まるんだ」

「格好いいな。悪い奴がいてもカヤマと一緒なら安心だな」

「えへへ。頑張るよ。でも相手がドラゴンだからなあ。クロスさんは?」

「……それの後では言いづらいんですけどぉ、お薬をいくつか、それに魔導書も持ってきましたぁ」


 腰には本を携行できる専用のベルトが取り付けられている。さらには試験管に入った小瓶が懐にちらりとうかがえた。


「私は弓矢。ナイフ。そのくらいだな」

「僕のを一本貸そうか?」


 カヤマは慣れた手つきで空間に手をかざす。魔法陣が展開され、そこから棒が伸びた。手斧の柄である。

 収納のための異空間を、その入り口だけ小さくして携行し、手の届く範囲ならどこからでも抜刀ができるという理解の外にある戦闘方法で龍に挑むこの同期に、ちょっと引いている。


「平気だ。弓があれば世の中の半分以上はどうにかなる。生き物は全てどうにかなる方に分類されているから」

「なんだその理屈は。私は新しく呪文を覚えてきた」

「俺は何にもない。あ、黒辻からいざってときに飲む薬をもらったくらいかな」

「……そうなんだ」

「飲まないで済むといいのですけどぉ」

「飲ませたがってわざとヘマしないか不安だな」

「そんなことするはずないだろ!」


 近づくにつれ森が大きくなっている。

 それは距離の問題で、近づけば大きく見えてくるのは当たり前だけど、印象はそうではない。

 どれだけの土地を緑で侵しているのか見当もつかない。もしこの言葉なき生物たちに版図があれば、ただ一色に染め上げようとするような意思がある。そう思わずにはいられなかった。膨大な深い緑が視覚と嗅覚、遠い鳴き声が耳をいじめ、人の入る余地をなくした自然界の誇示するような痛みのない暴力が、ドラゴンよりもまず何よりの脅威になりそうだ。

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