第26話 小指と中指

 翌日、戦闘訓練なんて揶揄された講義で、


「今日から技を教えます」


 と、そのなんとか流初段を認可された。後で確認したら、大橋流といって、大学側がガーデン世界で生き残るために創ったものだった。


 講義はひたすらに技を繰り返すだけで疲れたが、痛い思いをする代わりとだ思うと過去一番に没頭できた。


 昼食は黒辻が用意してくれる日があって、前日に集合場所をメールで知らせてくれる。今日は「家に来なさい」と淡白なお誘いを受けた。

 インターホンを鳴らすとすぐにドアが開いた。


「おっす。来たぞー」


 無言で俺を眺め「怪我、してないんだ」と呟いた。


「疲れて倒れただけだからな」


 狩りの件で心配をかけた。それについて謝ろうとすると、


「あ、それはこれからしっかり話してもらうから」


 額に青筋を浮かべながら微笑んだ。器用なことができるやつだ。


「そうじゃなくて今日はボコボコにされる日だろう。それなのに」

「ただの講義だ、そんな日があってたまるか。……シャツをめくってまで確認しなくてもよくない?」


 飯を用意してくれる時は、それにかかった経費の半分を貯金箱に収めている。二リットルのペットボトルで自作したそれに、黒辻に見守られながら小銭を入れた。


「復帰祝いだからカレーだ」

「しかも生姜焼きカレーじゃん!」

「食べながらでいいから、事情を説明しなさい」


 そういえば、以前さりげなくイモリとかトカゲが入っているのか聞いたことがある。美味しければよくないか、と肯定ともとれる答えをもらった。


 事情を説明しろといわれても、あの狩りに中身はない。しかし黒辻が事細かに聴取をするので、今までよりもやや鮮明に伝えることができた。


 できたが、忘れたかった苦痛でもある。彼女にはっきりとそれを伝えると、俺もそれを鮮やかすぎるほどに思い出さなくてはならず、飯がなければきっとうやむやにしていただろう。


「ウサギ、手で捕まえたのかい?」

「そうだよ。なんか近寄ってくるのがわかったんだ。そんで、準備して、こうやってな」


 真似してみせると、やはり疑われた。


「私たちの仲だ、信じなければならないとは思うけど、野生動物ってそんな簡単に捕まえられるのかい?」

「アレだな、気配をよむってやつだな」


 冗談っぽく言ってみた。すると黒辻はわざわざスプーンを置いて拍手をした。


「やはりきみはやればできる男だね」

「あはは。そんなことないって」

「久しぶりのご飯はおいしいかい?」

「めっちゃうまい。あ、おかゆ、黒辻がつくったんだって?」


 なぜか口ごもって、しどろもどろになった末に頷いた。


「あれもおいしかったぞ。ちょっと塩辛かったけど」

「そのくらいで済んだのか。実は滋養強壮とか回復術とか薬とか、健康そうなものをこれでもかとぶち込んだんだ」

「それにしては食べられる味だったな。元気にもなったし」


 異常なほどの活力の芽生はそういうことだったのか。


「もしかしてイモリも健康のためか?」

「っ!? そ、そうだとも! きみはあまり眠れていないらしから少しでも元気をと思ってね!」


 あー……やっぱり入ってんだ。爬虫類が。

 しかしその心づかいは嬉しい。金輪際入れないでくれとは、その優しさをつっぱねるようで言いづらい。


「松山さんに噛み付いたって聞いたけど」

「そう! 魔術をいくつか喰らわせてやったが、あの人はなかなかに人外だ。きみも気をつけなさい、下手に仕掛けると、こうなるから」


 黒辻は左手を差し出す。小指と中指があるはずの空間に白くモヤがかかっている。それを視認すると、微かに頭痛がした。


「治癒の魔術をかけてある。一週間もするとくっつくから、これくらいで済んでよかったともいえる。治療のために術が施されているから、魔力が少ないうちは見ない方がいい」

「……指、取れたの?」

「うん。でもすぐくっつけてもらったよ」


 グロテスクな話をしたくせに、おかわりをしなさいなんてよく言えるな。曖昧に断ろうとしたが、すでに盛り付けられていて、


「我々の無事と健康を祝そうじゃないか」


 などと言われれば、食べないわけにもいかない。どうも黒辻の前だと、意思が弱くなる気がする。


「あ、今後も元気になる魔法を食事にかけるから」


 しれっとそんなことを言ったが、ちょっとスルーできないな。


「……比喩、だよな」

「いいよね?」


 聞き流されなかったからって、強引に許可をとりにきやがった。


「じゃあ、入れるから」

「俺は了承したか? 何も言ってないぞ」

「だめ?」

「……いいよ。好きなだけやってくれ。飯を食わせてもらってんだから、おう、じゃんじゃんやってくれ」


 俺は不安そうな顔に弱いんじゃない、彼女がそれを見せることは珍しく、その奇勝さをありがたがっているだけなんだ。そもそも元気になるってんだから、やってもらわない手はない。


「ありがと。隠し味のことを打ち明けようとは思っていたけど、踏ん切りがつかなくて」

「隠し味って具体的になんなの?」

「本当に知りたいのかい?」

「……せめて食べ物にしてくれ」

「無論だ」


 シニカルに笑うあたり、きっと論ずるまでもなく食用ではなさそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る