第25話 目覚めたあとで
大声がする。
しかも泣いているのだろう。鼻をすすり、きっとボロボロと涙をこぼしている、そんな泣き方だ。
アパートの前で子どもが転んだのかと思ったが、俺は気絶したところから意識を失っている、ここが俺の部屋であるはずがない。
「みんな! め、め、目を覚ましたよ!」
あ、カヤマだ。声をかけようとしたが喉がうまく機能しない。何日も使っていなかったせいか、舌もうまく動かない。まごついているうちに、ドカドカと同期がやってきた。
「銀城、無事か」
「おかゆ、おかゆあるよ? 銀城くんたちのところでは怪我のときこのドロドロしたやつを食べるんでしょ?」
「波乱の狩りになりましたねぇ」
連中の心配した顔ときたら、申し訳ないが心が安らぐようである。俺にもそういう感情を抱いてくれる友人ができたのだと嬉しくなったのだ。
「仔細は聞いたぞ。無茶をしたなあ」
「松山さんって意外と厳しい人なんだって思いましたぁ」
「銀城くん銀城くん、さましたから、口あけて」
スプーンを突っ込まれ、たいして噛めないまま飲み込んだ。全身がしびれるくらいに塩辛く、どうやら味覚も麻痺しているらしい。
「黒辻はどこだ。なんだあいつ、一番心配していたくせに」
半狂乱になって松山にくってかかっていたぞ。そう笑いながら話してくれるが、結構やばいんじゃないかそれは。
「なんだか怪しげな呪文も唱えていましたから、まじで殺そうとしていたっぽいですねぇ」
「あれは西方のやつだよ。僕、見たことある。精神を直接破壊するやつ」
「あっははは! どこで覚えたのかな。私も教えてもらおう」
おかゆが腹に落ち着くと、それこそ魔法のように活力が戻ってきた。気のせいではなく、これからまたあの狩りをしろといわれても頷いてしまいそうだ。
「見舞いに来てくれてありがとな。んで、ここはどこだ」
「ガーデンキャンパスの医務室だよ。気絶したお前を松山が運んだんだ」
「四日間もぶっ続けでやってウサギ二羽は正直成果とは言い難いですけどねぇ」
「四日!? な、嘘だろ?」
銀城くんがなんで驚くの、とカヤマは首をかしげるが、俺が一番びっくりしている。飲まず食わずで寝っ転がって、それが四日も続いたら気絶したっておかしくないだろう。
「行楽していたんじゃないのか? まさか、あのまま動かず待っていたんじゃないだろうな」
違いますよねぇと、そうであって欲しくない本心が透けているが、そうなんだよ。
説明すると、彼女たちは露骨に顔をしかめた。
「馬鹿じゃないのかお前は」
「いやいや、兵士なら忠義者は重宝されますよぅ」
「もっとおかゆ食べる?」
「だって……気配がどうのって言われたからさ。俺だってしたくなかったけど」
なんの言い訳にもなっていないが、そんなことをする必要もない。これも勉強のうちだ。たとえ実のない勉強だったとしても、そういう場合もあるということがわかったじゃないか。
「それで黒辻はどこにいるんだ?」
「多分、おかゆ作ってる。実験室で」
「なんだよ多分って。それになんでまた実験室で」
「……それは、まあいいじゃないか。とにかく呼んでくるね」
数分後、カヤマだけが戻ってきた。
「あのね、目が痛いから、今日は帰るってさ。家にいるからそのうち来てくれって」
「目? なんで」
「泣いて赤くなっているのを見られるのが恥ずかしいんじゃないか?」
「サナって意外と察せますよねぇ」
「意外じゃないだろ」
「あ、残ってるおかゆ持って帰るからタッパーないかな」
ありがたいことに彼女たちは俺の家まで付き添いをしてくれた。講義はすっぽかしたらしいけど、夜までコンビニ飯とおかしを飲み食いして、
「黒辻さんの家に遊びに行ってきますぅ」
と帰るんだかそうでないんだかわからない。
「俺も行く」
「私らが泊まるから、だめだ」
「その頃には帰るって」
「明日にした方が無難ですよぅ」
腑に落ちないが、女子会にズケズケと踏み込んでいけるほどの度胸はない。
「どうせ講義で会うんじゃないの?」
「あ、そっか。五限目に会うし、どうせ昼飯も一緒に食うもんな」
「……なぜ進展しないんでしょうかぁ」
「クロス、余計なことを言うな。それじゃ銀城、またな」
「今日は筋トレしちゃダメだからね」
カヤマの忠告を無視して、最近買った新しいランニングウェアに袖を通す。すまん妹よ、お前のお年玉は残すから、上下四千円の出費は見逃してくれ。
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