第23話 狩り

 戦闘訓練の講義がある。


 大変に人気な講義で、一年生の七割がそれを履修するが、一ヶ月で十分の一ほどまで数が減る。内容は学年で分かれており、一年生は泣きながらこなすのが通例になっている。


「地平線まで走ってきなさい」


 講師はそうやって次々と生徒を減らし、残ったのは俺だけになった。


「きみは根性だけはあるね。では、組み手をしようか」


 体術のなんとか流を教えてくれるのだが、彼は加減を知らない。黒辻が「その講師の名を教えてくれ、今度あったらぶん殴ってやる」と恨みを持つほど徹底的に教えてくれる。


 魔法もそうだ。自衛のために履修したが、はっきり言って向いてなかった。


「魔力少ないなあ。みんな火の玉出してんのに、それならマッチ擦った方がよっぽどいいね」


 あけすけのない講師だから、これも人気の授業で、しかし実戦派だからすぐに彼女との戦闘訓練になり、厳しさからどんどん人が離れていく。


 またしても、残ったのは俺だけである。


「はい。じゃあ、組み手だ」


 火球や雷撃が、これまでは自然界と妄想の中だけに存在した脅威が、人を軽く殺傷できるそれが無造作にぶつけられる。週に一度は、医務室の先生が「やりすぎです、抗議します」と激しく憤る。


 そういう生活の中でも、ガーデンでの実習は行われる。松山さんは俺たちを役所に集め、そこから酒場に移動した。ここは依頼を受ける人のたまり場になっているようで、情報交換の場でもあった。


「狩りをしてみましょウ」


 ウサギを二羽捕まえてこいという。


「楽勝だな」


 異世界組は余裕そうだ。しかし現代っ子の我々には経験もなければする必要も、それについての欲求もない。


「なお魔力の使用は禁止しまス。捕まえたら戻ってきてくださイ」


 それまでは帰ることも禁じられた。思わず黒辻をみたが、ちょうど彼女も俺を見た。


「したことないぞ」

「私もだよ」


 開始地点はあの洞窟付近だった。松山さんが「世界の罠百選」という日本語の本を貸してくれたので、最初の二時間はそれを読むところから始まった。


「踏んだら輪っかが閉じるやつ。動画で見たぞ」


 黒辻がそれを正確に作りあげ、さらにいくつか仕掛け終えると、


「銀城くン。あなたには別な方法で捕まえてもらいまス」


 と勅命が下った。


「ここらへんで待ち伏せしてネ。ウサギが来たらパッと掴ム。それだけだから簡単だネ」

「なんで俺だけ?」

「戦闘訓練を色々受けているみたいだかラ、気配を読むための練習をさせてあげようと思っテ」


 そんなのができるやつは達人で、俺がそこに至るまでどれだけ時間がかかると思っているんだ。


「無理なんで罠作ります」

「ダメ」

「……ウサギの気配ってなんですか」

「それがわかれば人の気配もわかるんじゃないかナ」


 ガンバレ。ガッツポーズをして、彼女はみんなの様子を見に行った。


「ここらへんで待ち伏せって、座っていればいいのか立っていればいいのかすらわかんねえな」


 とりあえずは茂みに体を隠してみた。じっとしていれば石か何かだと勘違いして寄ってくるかもしれない。


 なんて考えは甘かった。朝から始めて、一番早かったのは昼過ぎにカヤマ、次いでサナとクロス。黒辻も夕暮れにはクリアした。


「え、きみはなんでそんなところにいるんだ」


 訳を話すと、一瞬だけ怒りに心を支配された黒辻だが、すぐに考え直し、


「先のことを考えているみたいだから、これも勉強のうち、なのかなあ?」

「何を言っても愚痴になるから、全部が終わったら話す」

「わかった。それじゃあ私は帰るよ。明日も講義があるから」


 俺だってある。だけどこのなウサギの気配を察知して捕まえるという不思議な狩りを終えなければ帰れない。


「銀城は何をやってんだ。お前と一緒に罠を作ってたんじゃないのか」

「松山さんにあれをしろと言われたそうだ」

「気配って……なんとなくでわかればいいんじゃないのかな」

「別に必要なスキルではない気がしますけどねぇ」


 これはなんの罰なのか。自分で選んだとはいえ週に二度はかたちを変えて地獄を受け入れ、楽しいガーデン実習では、よりにもよって気配を読めときたか。


 茂みに潜んだまま日暮になり、夜を迎える。気温は下がり肌寒く、生き物の気配はない。空腹をごまかせるものもなく、こんな時は眠らなくても平気になった体質が嫌になる。


 動き回ることもできず、ただひたすらに待った。もはやそれはウサギではなく、日の出か気絶だったかもしれない。

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