第22話 試されるのが嫌いなら

 黒辻のしかめ面と俺の苦笑に、松山さんは全て察したらしい。


「アハハ。ばれちゃったカ」


 俺たちを街の役所まで連れてきた男たちはガルフ傭兵団というらしく、松山さんと付き合いの長い人たちで、


「悪いな坊主。でも、松山がいけないんだぜ。こんな悪趣味なこと本当はしたくないんだ」

「じゃあ殴んないでよ。まじで痛かったんだ」

「殴ったノ? ちょっとガルフ、手加減したんでしょうネ」

「半分くらいの力でな」


 あれで?


「松山さん。これ、単位出るの? 出ないんだったら殴られ損だよ」

「もちろン。洞窟での経緯はこれから聞くけど、無事みたいだし、バッチリあげちゃうヨ」


 黒辻がため息をつく。一つの恐怖を乗り越えて、どこか太々しさを身に付けたようだ。


「わかったのは、ガーデンは危険であること。それと私は試されるのが嫌いということです」


 ガルフと別れ、ゲートに向かう途中、そう吐き捨てた。松山さんはクスクス笑って、なるほどなァとご機嫌だ。


「危険であるとわかったのなら、実施した甲斐があっタ。この世界で試されるのが嫌なラ、取れる行動は二つあル」

「なんですか」

「一つ、入念に観察するこト。ガルフが持ってた無線機、交戦の意思、殺気の有無、言葉の表裏、それらを見抜ければ、試されても、ひっくり返せル。きみたちがしたようにね」


 そもそも相手が勝手に仕掛けてくるからどうしようもないんだけどネ。講義のように解説してくれるが、納得はいかない。


「もう一つはなんですか」


 黒辻が不機嫌を隠さずきくと、松山さんは俺たちの腕を引いて路地に入った。


「根本的な解決にはならないんだけド」


 と前置きした。


「殺すノ。どウ、一番楽じゃなイ? すっきりするシ」


 嫌なことをされても、それができたら晴れやかな気分だよネと路地を出た。教育者として、通行人として物騒な発言を拡散するわけにはいかなかったのだろう。


「……松山さんは、それをしてきたんですか」

「そういう時も、あったかなア」

「まじで言ってます?」


 それには答えてくれず、彼女は笑ってばかりいた。教室に戻ると、サナたちがいて、合格したかどうかを聞いてきた。


「どうなんですか、松山さん」


 語気の荒い黒辻に、サナの顔が明るくなる。


「簀巻きにされて対面するかと思ってたけド、実に優秀な生徒さんでしタ」

「畜生! 敗けた敗けた、やってられん!」

「カヤマ、晩ご飯何が食べたいかもう決めたかしらァ」

「まだだよ。黒辻さんたちに決めてもらおうか」

「お前ら、賭けてたの?」

「ガーデンは危険だな。友人ですらも私たちの負けに賭けているのだから」

「私は見破る方に賭けてましたけどネ?」

「大穴狙うからそうなるんですよォ」

「私だって信じていたけど賭けが成立しないから仕方なかったんだ!」


 そうまでして成立させる必要ないだろ。しかも松山さんまで。


「無効だな。不成立だ。敗けた私がそう宣言する」

「それは未来のあなたの王国で宣言してくださいねぇ」

「ねえ黒辻さん、今度はガーデンで食べようよ。サナが奢ってくれるからさ」

「前も奢ってもらったな。あ、依頼の報償金ってどうなったんだろう」

「銅貨二枚。二人で分けてネ」

「クロス、これって安いの?」

「バカ安ですぅ」


 その晩、松山さんも含めての飲み会になった。会場はガーデンで、俺たち二人を除いてみんなが快酔した。その介抱に俺たちは悪戦苦闘したが、以前に飲んだ時と黒辻の様子が違う。


「なんでじろじろ見ているんだ」

「前は雰囲気で酔ったって言ってたけど、今日は平気なのかと思って」

「——これから酔うかもしれないね」

「あはは。そんなわけないだろ」

「酔ってもイイコトなかったからなあ。次は、松山さんが言ったように入念な観察を……してもらおうかな」


 脈絡のなさそうなことを言う。しかしそれは金言である。


「俺が? でも嘘を見抜くのは得意じゃないからなあ」

「ははは。じゃあ、三発殴られても平気でいられるよう、もっと筋トレしないとね」

「そこはもっと、魔法とかでカッコよくさ。痛いのは嫌いだ」


 呂律の回らないサナたちを宿舎に担ぎ込み、俺たちは帰路についた。興奮が眠りを妨げ、また一晩中起きていた。筋トレの重要性が身に沁みたので、量を増やそう。黒辻がふいに考え事をしても時間が稼げるくらいには丈夫になっておかないと。


 

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