第21話 その意味

「もしかして」


 黒辻の言葉が男どもの動きを止めた。這うようにして彼女の足元に移動すると、差し出されたハンカチが俺の目元を拭う。


「ひねって言おうか。お前ら、劇団員だろう」


 どうしてひねる必要がある。真実をそのままぶつけてやれよ。


「は? なんだそりゃ」

「黙れ銀城。いいかい、思えば苛つくことばかりだった。宿ではぼったくられ、我々を安心させるかのような近場へおつかい、あつらえたような洞窟、宝箱は空っぽ」


 トイレのことも松山さんは見越していたんだろう。と根拠のない推理をうたう。


「そもそも読めない依頼書に辞書だ。意図的に、徹底的に情報を渡されていないぞ。サナたちが別行動なのもおかしい。それに、なんで無線機がここに、そんなのあるはずないだろう」

「だったら自販機があってもおかしくないな」


 体の痛みも忘れ相槌を打つと、その通りと猛々しく吠えた。


「学校で雇われたんだろ。脅しつけて、連れて行かれたその先で松山さんがニヤついて待っている。そういう展開だ、読めた、ふざけるなよまったく」

「どうなんだよ。言っておくが、こいつは魔女だぞ。お前らなんか一発で消し炭だ」


 不要な挑発兼威圧ではあるが、その黒辻が不適に微笑むので、彼らはちょっと後退りをし、しかしハッタリだと虚勢を見抜いた。


「あの人から聞いていないのか? 今年入った新入生でとびきりやばい奴がいると。それはおそらく私だ。人間を内側から改造するとか、言葉を真実に変換させる術を持つとか、噂くらいは耳にしたことがあるだろう」


 彼らは囁き合いその真偽を確かめるが、恐れが強くなるばかりだった。それにしても、なんだか真実味のあるハッタリだな。


「今ならまだ間に合う。誰に雇われた」


 唾を飲み込み、リーダー格が膝をついて首を垂れた。どこかの作法なのか、綺麗な所作だった。


「おっしゃる通り、松山だよ」

「ほら! どうだ銀城、我ながら脳細胞が灰色だ!」


 ちょっと意味が変わってこないか、それは。


「脅して、縛り上げて、私のもとに連れてこいと、そういう指示が出ている。毎年こうやって新人を震え上がらせてんだ」

「ひどいな」


 顔をしかめると、彼は慌てて否定した。


「違う、ガーデンでは、悪人はこれを普通にやるんだ。町の中でも外でも、危険は常に付きまとう。初心に恐怖を刻みつければ無茶もしないし、安全を第一に考えられるし、対応策も積極的に勉強する。それが狙いなんだ」


 なるほど。武装もせず能力もないのに宝探しなんて無茶をするとこうなる、そういう説話を演じさせてくれるわけだ。


「俺も魔法とか護身術とか勉強する気になったもんなあ」


 あんたに殴られた時に。と、あの時の自分が滑稽に思え、笑ってしまった。彼らも笑い返してくれたし、「それは何より」と大真面目でもあった。


「ふむ。私が言うのもなんだけど、それを話してしまってもよかったのか?」

「ばれてもいいんだ。無線を目ざとく発見できるか、そうすることができるだけの洞察力の有無、精神力、これらが養われているのならばそれでいいらしい」

「これが松山式のフィールドワークか。じゃああの薬草集めはなんだったんだ?」

「あれは依頼書じゃない。読めたら合格、松山に一報を。そう記されている」

「……座学の大切さを教えてくれるいい先生だね」


 黒辻は肩をすくめ、ストンと腰を下ろした。今になって怖くなってきたのか、少し震えている。


「さ、戻ろう。上に馬車を停めてあるから帰りは楽だぞ。あとで薬草も回収しておくから」

「ちょっと待ってくれ。俺さ、格好悪いけど、腰が抜けちゃってさ。先に行っててくれないかな」


 彼は訝しみながらも、仲間たちに先に戻るよう指示を出した。すぐに作法の姿勢を解き、存外に男だなと微笑を浮かべた。


「どういう意味だろ」


 いなくなった後、あぐらになって自分の腰をさすったりした。垂れている紐を引けば引っ張ってくれるらしいので、少しはゆっくりできるだろう。


「……思った以上にいいところのある人物だ。そういう意味だよ」

「ふーん。何がだろ」

「わかって言っているのかい?」

「ハンカチ汚しちゃったか?」

「……うん。だからあげるよ。名前が刺繍されているけど、きみは気にするタイプじゃないだろ」

「くれんの? 俺あんまり持ち歩かないけど」

「ハンカチくらい持ち歩きなさい。これが私のものとか関係なしに」


 そうするよと言うと、そうしなさいとまた叱るように言った。

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