第20話 ピンチ

 ガランと音を立て、蓋が勢いよく外れた。


 中身が空であるとことを視認し、それを共有しあおうとした瞬間、日が差すばかりの天井から嘲笑が轟いた。


「こんな古典的な罠にひっかかるとは、さては新米トレジャーハンターだな」


 ボロボロの皮の衣服からは太い手足と髭だらけの日焼けした顔、十人程度の人間が、俺たちを見下ろして笑っている。


 手には弓を構え、いつでも射殺す準備ができているようだった。


「身ぐるみ全部置いていけ」


 身体中から汗が噴き出す。恐怖がひたいを通り、顎から落ちた。情けない、とは思わない。平凡が打ち砕かれ、命の危うい状況に投げ出された経験は少なく、またこれが活かせるかもわからないのだから。


「だ、誰だお前ら」


 黒辻の声が洞窟に反響する。ここに来るまでの勢いはまるでなかった。

 それを無視し、男たちは紐を垂らして降りてきた。帯剣、タトゥー、そして獣耳や有翼もいる。どれをとっても心に消えない引っ掻き傷をつくるような圧迫感がある。


「まだガキだな」


 俺たちの処遇をどうするか、仲間内で決めかねているようで、奴隷という言葉が耳に入るたびに生唾を飲み込んだ。


 銀城。そう呼ばれた。視線だけ黒辻に向けると、何か言っている。聞き取れないのは、精神状況のせいだ。とても誰かの優しさに甘えることはできず、悪いことばかり聞こえるし、考えてしまう。何度もおいと呼ばれたが、呆然としていた。


「身なりは良さそうだからいいとこのガキかもしれねえ。売るより裏を探ろうぜ」


 未来は閉ざされた。そう確信した。裏も何も、ただの学生で、ましてや異世界人だ、ここでは身寄りはないといっていい。それがわかればすぐさま売り払われて、使役されるためだけに生きるか、それよりひどい目に合うか、暗がりが広がるばかりの将来に膝をつきそうになる。


「銀城! 話を聞けってば!」


 実際に膝から力が抜けかけた瞬間、天井の穴を広げそうなほどの絶叫が黒辻から発せられた。


「なんで無視するんだ、いつもならそんなことしないだろう!」


 俺と悪党どもは同じような表情になっていただろう。目をくっと開き、半分だけ口があいている。


「聞こえなかったのか!?」

「ぼんやりとは……」

「じゃあ返事なり頷くなりしてくれよ、私だけ喋って馬鹿みたいじゃないか! こんなところには居たくないから逃げようって相談したかったのに、もうタイミングも何もめちゃくちゃだ!」


 はっと自分が何を口走ったかに気がついて、黒辻はそれを撤回することもできず、ならば前進するしかないと悟ったのだろう。俺が想像した未来につながるとしても、彼女はそれをしなくてはならないという責務を感じているようだった。


「お前らもガキを相手に何を偉そうにしているんだ! そんなだからここには自動販売機もなければ公衆トイレもないんだ、どれだけ……私がどれだけ気を使ったかわかるのか!?」


 涙目で訴えたのは道中の当然の不備だ。しかし、その剣幕に男どもは怯えている。それは狂人に対する態度なのかもしれない。


「何が一番苛つくって、銀城、きみだよ! 私を庇って前に出てくれてもいいだろう、何を呆けているんだ馬鹿馬鹿しい、ここで頼りになるところを見せないでどうするんだ!」


 無茶苦茶だ。そんなことできるはずがない。俺はただの大学一年生で、こんな時場面に出会したこともなければ、立ち向かえるだけのどういう格闘技能も持ち合わせていないのだから。


「お嬢ちゃんの言う通りだな」

「ああ。男を見せるチャンスだった」

「とんだ腰抜けだぜ」

「タッパは結構あンだから、むすっとしてりゃいい線いくぜ」

「なぁんであんたらにそんなこと言われなきゃいけないんだよ」


 ついノリで会話が成立してしまった。この気に乗じて逃げてしまおうか。


「ん? それ、なに持ってんの?」

「やべっ!」


 彼らの装備に似合わない黒っぽい箱が腰に提がっている。紙パックの飲み物にストローを刺したようなそれは、どこかできっと見たことがあるはずで、


「無線機? トランシーバーか? サバゲーでたまに見かけたな」

「なんでそんなものがここに——」

「うるせえ! お前ら、こいつらを縛り上げろ!」

「誤魔化すな! ちょっと待てよ、おい、考えるから。銀城、相手をしておいてくれ」

「やんのか坊主」

「俺の妹が言ってたぞ。逃げるが勝ちだ。お前ら、勝機を逸したぞ」



 腹にパンチの一撃をお見舞いされ、それでも立ったままでいられたのは日頃の筋トレの成果だろうか。ぐえ、と悲鳴も我ながら非常にテンプレでむしろスマートだ。


「身を挺して思考の時間を稼いでくれ」

「ぐえ」


 二発目は右の頬だ。倒れたら楽だろうけど、この足はそれを許してくれない。


「根性あるなこいつ」

「お前が手加減してっからだ。俺にやらせろ」

「ふざけんな。次は俺だ」


 殴る順番で揉めてやがる。この野郎、不老不死になったらどうしてくれようか。


「あー、もしかして」


 うろちょろ歩き回って考え込んでいた黒辻がそう言うと、ぐわんと大きく反響し、男たちの動きを止めた。

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