第19話 お宝

「私はライトを持ってる。ボールペンについてる小さいやつだけど」

「心細いけどないよりましだ」


 腰をかがめなくても歩けるくらいの結構広そうな入り口から、黒辻がそのライトを奥に向けた。どうやら地下に向かって伸びているようで、全容は進んでみないとわからない。

 足元の砂は乾いているし、清潔ではないけど雨風は凌げそうで、石を投げ込んでもそれが転がる音しか反響せず、とりあえずは安全なのかもしれない。


「荷物を下ろして、休憩しようか」


 黒辻はずかずか踏み込み、すぐに壁にもたれた。それをされると、一人だけ突っ立っているわけにはいかない。


「なあ銀城。この先に何があるのか気にならないかい?」


 洞窟の先、当然気になるが、怖いから行きたくない。しかし口にすればこれ以上の恐怖となりそうで、黙ったまま首を横にふった。


「気になるべきだよ。だって、ここを宿にしたとして、夜中にあそこから何かが出てきたらどうなる」

「怖い想像をさせないでくれ」

「それが現実のものにならないよう、調査する必要があるんだ」

「言っていることはわかる。でも」

「じゃあ私だけ行く」


 勝手にしろと突っぱねることができたら楽だろう。でも、それができないから入学から今の今までつるんできたのかもしれない。


「いいんだね? もう行っちゃうよ? ほら、立ち上がったぞ? 歩くぞ?」


 こんなの子ども騙しの脅しともいえない。黒辻だって怖いはずで、好奇心のために俺を道連れにしようとしている。

 こんなのは全部パフォーマンスだ、俺は彼女の演技を客席から鑑賞し、頃合いになったら壇上に上るという筋書きがあるのかもしれない。


「……銀城?」

「なんだよ」

「いつもならもっと、慌てふためいて俺も行くって言うはずなのに」

「考え事してただけだよ。さ、進んでみよう」

「だったらもっと早くしてくれないかな。ともあれきみの心配を掻き立てる作戦は成功したね」

「バラすなよ」

「バラしても関係ないだろ?」


 そうなんだよね。何があっても、どんな裏があっても、多分筋書きからは外れない。


「なあ、いつも作戦立てて俺を誘導してんのか?」

「経験と予測だよ」


 やや下りの斜面を壁に手を添えながら慎重に降りていく。風が吹き抜けてくるので、呼吸の心配は必要ないだろうけど、光源がペンライトだけというのは頼りない。


「冒険だね」


 彼女の呟きは震えていて、ライトも小刻みに揺れている。武者震いが喉をも強張らせている。


「あれだな、ゴブリンみたいな序盤の敵が出てくるやつだ」

「危険性は低いが討伐目的以外で出会ったら逃げるべき。講義ではそう習ったね」

「十徳ナイフの刃渡りは四センチだ。これじゃあ武器ですらないからなあ。実習で松明の作り方を教えてくれるのいつだっけ」

「来週の木曜日」


 口数が減らないよう、俺たちは次々に話題を変えた。暗闇に押しつぶされないように。


 背後に光を背負わなくなったころ、ちょっとした空間が現れた。天井の一部が崩落し、陽光が差し込んでいる。

 落ちた土砂だけに草木が萌え、使命を終えたロボットが佇んでいるような風景だが、目を奪われたのはそれにではない。


「マジかよ。あんなの初めて見たぞ」


 宝箱である。木製であり、意匠があしらわれ、金属の蝶番に鍵はない。古ぼけてはいるがどこからどう見てもお宝が入っていると想起させる箱が、ぽつんと転がっているのだ。


「開けてみようか。お、お、お宝だよあれは。なあ銀城、開けよう」

「落ち着け。落ち着け。開け、開けていいのか」

「わからないけど開けるべきだ。やるぞ銀城。やってくれ銀城」


 一瞬で興奮はピークに達した。俺たちの他は無人であることを確認し、


「何が入っているか、正解したほうの所持品に加える。どうだ」

「剣。俺は剣だ、鉄板だろ」


 二人してのこのこ盗人のように錠前を調べ、鍵がかかっていないことを確かめた。


「私は、剣意外で」

「ずるい!」


 待てと引き止める前に、黒辻が蹴り開ける。

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