第17話 薬草摘みのお手伝い

 ガーデンへのゲートを潜り、松山さんに導かれたのは、市役所のような雰囲気のある建物だった。上等そうな衣服を着た役人風の男女が受付カウンターに座り、引越しの時に住民票をもらいに行ったあの感覚を思い出した。


「役所みたいっすね」

「役所だもノ」


 転居や土地の管理が行われるらしい窓口はそれほどの混みようでもないが、別館へと続く通路に近づくと、その賑わいは街路の比ではなかった。


「斡旋所が近いかナ? 自分の得意なことに合わせてここでお仕事をもらうノ。酒場とかギルドとかをイメージすればいいヨ」


 カウンターはてんてこまいであるが、松山さんが通るとき、自然と人波が割れた。


「松山だ」

「また別な子分を率いてやがる」

「教師は教鞭握ってろ」


 あんまり好感触ではなさそうだけど、受付の女性はにこやかだった。


「今の時期ですと、いつものやつですか?」

「うン。お願いネ」


 阿吽の呼吸で手続きを終え、書類を持って街の正門まで歩いた。その書類というのも、俺たちが使うルーズリーフよりもずっと分厚く、茶色いものだった。


「松山さんってどう思われてんのかな」

「さあね。でも、私たちにとっては先達で、学校にいるのだから教師か講師だろう。どっちかでもいいけど、とにかく悪人ではないだろうね」

「聞こえてるヨ。別になんでもいいのサ、黒辻さんの認識で問題なシ。それよりこれを見テ」


 習ったばかりのガーデンの文字だ。英語でいうアルファベットを覚えたばかりだから、なんのことかさっぱりわからない。


「ざっくり言うとハイキングだネ」


 あそこノ、と指さす方にはやや盛り上がった地形がある。背の低い植物が群生する丘だ。


「あそこで薬草を採ってきて欲しいって依頼ネ。報酬も安いし誰がやってもいい仕事。薬草や山菜を採って生活をする人もいるけド、その手伝いみたいなものだかラ、気楽にできるヨ」


 解熱剤の原料となる植物が該当する。それをカゴ一杯に集めてこいという依頼だ。


「ああ、これ知ってる。本で見た」


 先日に妹にも教えた中にこれがあった。図鑑にあったのは手書きのイラストだったけど、不気味なほどに精緻に描かれていたので間違うはずもない。


「葉っぱがギザギザの、柊みたいなやつですよね」

「……ホー、銀城くんは勉強家なんだネ」

「ひどくないっすか」

「見直したぞ銀城」

「こんなことで?」


 今日は一泊二日の荷造りをし、明朝に街を出る。その間の授業は免除されるとのことだ。


「ポケット会話辞典と単語帳だけ持っていけばいいヨ。小さな子どもだって遊びに行くような場所だかラ」


 初めての場所だし、ここは異世界だ、散歩気分じゃいられないよ。


「どうにもならなかった場合でモ、ゲートを空にかざせば緊急連絡用の魔法が発動するから安心しテ」

「……ああ、じゃあ安心っすね」

「心がこもっていないぞ銀城」


 荷物といってもまたゲートを潜り家に帰って、リュックサックに着替えとかを詰めて終わりである。財布も携帯も役に立たないので、不安なほどの軽装だ。

 なので十徳ナイフだけ持っていくことにした。これはほとんど黒辻に見せたいがためのもので、雑誌ガーデンの懸賞品である。


「お互い身軽だなあ」


 待ち合わせの公園で、黒辻はパーカーの袖をつまんだ。キャップと髪留めも懸賞品である。


「キャップ、いいな」

「だろう? きみは何を?」

「十徳ナイフ」

「あー、持ってくればよかった」


 いつの間にか行楽気分になってしまっているが、松山さんの指示した宿は床が抜けそうなほどのボロ小屋で、一泊銅貨一枚だった。格安だと説明を受けた。


「飯は?」

「ここに四枚の銅貨がありまス。前金の一部を渡しますのデ、大事に使ってくださいネ」

「日本語が通じない人にはどうすればいいんすか」

「ガーデンの言葉で会話してくださイ」


 えぐいスパルタだ。

 英語なら片言が許されるかもしれないが、ここではきっと通用しない。

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