第16話 帰省

「ただいま」

「九郎! 九郎が帰ってきた!」


 妹がまずはしゃぐ。母が顔を出し、おかえりと言う。父は毎日そうしているかのようにこっちを見て、おかえりと小声で呟く。

 十年以上続いたこのシチュエーションを、まさかこんなにも早く懐かしむ日が来るとは思わなかった。


「九郎さあ、いつまでこっちにいれるの?」

「ゴールデンウィークが終わるまでかな」

「ふーん」


 寂しがっていたのだとわかるのは、実は俺もそうだったからだ。ちょっとだけね。

 だから自然に言葉が溢れる。これは俺のための言葉だ。


「それまで何して遊ぶ?」

「ゲーム買ったからやろ!」

「部活はいいのかよ。最後の大会だろ」

「夜! 夜やろう!」


 素直すぎるこの妹は、だからこそ家族から愛されている。祖父もそれを見抜いていたのか、名の通りの子だ。


「勉強、どうだ。というか大学で何やってんだ」


 父はぽつりと言う。なんでか知らないが、照れているのかな、俺と目を合わせない。


 しかしどう答えたものか。まずは不思議生物と出会って、なんて説明したら頭がどうかしたのかと思われてしまうだろう。


「えーと」

「生物学部だろ? 解剖とかするのか?」


 まだそこまでじゃない。今はガーデンの詳細を覚え、植物やら動物の違いを頭に叩き込む段階である。これも説明しづらいな。


「新種の動植物調査とか……生息地とか、そんなのを覚えてる」

「あんた学者になるつもり?」


 母は絶叫寸前に驚いた。そんなつもりはないけど、この知識を活用するのならば学者に進路の舵をきってもおかしくない。


「いや、共通の講義なんだよ」

「楽しいか」


 父は、多分それが一番の気がかりなのかもしれない。下がった眉は家系の伝統だが、それが興味と不安によって尚更に垂れている。


「楽しい。すげえ楽しいよ。わかんないことばっかりだけど、どんどんわかるようになる、はずだから」


 一はちょっと目を丸くして、どこか羨むように言った。


「九郎、なんか急に大学生になったね」

「すぐにお前もそうなるんだよ」


 十時ごろ、ゲームに誘われた。RPGのレベル上げの間、話し相手になってくれとのことである。リビングのでかいテレビでやりたいというので、彼女はソファに、俺はすぐそばの座布団の上で画面を眺めている。王道ファンタジーもののそれは、ファンが待望していたシリーズの最新作だ。


「由香ちゃんがさあ、最近元気なくてさあ」

「誰だっけ?」

「黒辻さんの妹だよ。うちに来たことあるじゃん。クロさーんって呼んでた、黒髪の、ツインテールの」

「お前の友達はみんな俺をそう呼ぶから分かりづらい」

「まあ、そうか。でね、練習してるのに成長を実感できないって言うんだよ」


 わかるようなわからないような。過去に勉強をしても身につかなかった俺としては理解できてもいいのだが、運動となるとちょっと違う気もする。


「なるほどねえ。まあ、練習は無駄にならないなんてよく聞くけど」

「そうだよねえ。あ、薬草なくなった」

「呪文使えよ」

「んー、いや、街に戻って買う」


 ふと講義を思い出した。

 ゲームでの薬草は体力を回復させるが、ガーデンでは消毒液みたいなもので、出血部などに巻く包帯の間に挟んだりして主に傷口の悪化を防ぐことに使われるらしい。

 他にも煎じて飲んだり、直接食べたり、その種類も膨大だった。


「その薬草ってさ、どうやって使ってると思う?」

「んー、食べてる」

「正解」

「あはは、なんでわかるのさ」

「それとな、スライムって、実は結構なサイズがあってな。大きいものだとうちの車くらいあるんだ」

「ワゴンより? まじかよ。でかすぎでしょ」

「毒の沼は近づいただけで死んじゃうから気を付けろよ」

「やば。でも毒消し草あるもんね」


 ガーデンの常識はちょうどいい冗談になる。一は俺が適当な話で間を持たせていると思っているだろうが、これは習ったことの復習なのだ。


「エルフは? やっぱ魔法使うの?」

「今度きいてみる」

「知り合いいるの!?」


 すっげえとはしゃいで足をバタつかせ、俺の肩に当たった。悪びれもせずそのまま肩を叩くようにトントンとぶつけ、


「今度さあ、そのエルフの人紹介してよ」


 いいのかな? まあいいか。


「いいけどお行儀よくしろよ」

「もっちろん」

「なんて自己紹介するんだ?」

「一番可愛い一ですって」

「俺は?」

「犬が白いから、九郎は九郎」

「あっははは! 端折りすぎだろ!」


 しょうもないことで吹き出してしまう。一もゲラゲラ笑ってら。

 重たくなってきたまぶたを擦り、あと五レベルあげたら寝ると言って、また適当と真実をエンカウントに合わせて語った。


「久しぶりに遊べて楽しかった。おやすみ」


 セーブをして、彼女はすぐ自室に引っ込んだ。残ったゲーム機の熱と静かなリビング、そして飲みっぱなしのお茶のペットボトル。それが俺をガーデンから遠ざけるが、復習したところはずっと頭にこびりついている。

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