第14話 女子会
「やりすぎだろ」
サナが麦茶を片手に、洗い物をしている私の肩越しに、声をかけてきた。
なんのことかわからなかったが、クロスがですねぇと相づちをうつ。
「いわゆる惚れ薬ってやつですか? でもあの量は異常ですよぅ」
さっき銀城に食べさせたあれのことか。
「健康的な生活を送って欲しかっただけだよ。今度はみんなにも食べさせるからな」
「いらない」
「遠慮しますぅ」
「カヤマ! お前は食べるよな!」
彼女はリビングでテレビに釘付けである。銀城が帰ってからずっとそうだった。
「——食べるってさ」
「言ってないだろ。マジなところ、あれはなんだよ。薬か、呪いか、恨みでもあるのか」
「あるわけないさ。むしろ逆で、恩がある。たしかにこのやり方はどうかうか思うけど、仕方がない」
私のためだ。と言えたら楽だけど、もう少し隠すことにする。吹聴されたくないし、何よりひどく利己的だもの。
「もしかして不老不死に関係してますかぁ?」
「ほー、なるほど。それならわかる気もするが……」
勝手に納得しているけどどういう理屈だろうか。実はそうなんだと同意してもまた変なことになりそうだけど、
「ん、体づくりの一環といってもいいかもね」
ああ、この口が元凶だ。言わなくていいことをペラペラ囀るこの口が忌まわしく、
「毒の免疫も高まりそうだしな」
「これでも色々考えているんだよ」
忌まわしいが、しっかりと完結させてくれるところはありがたい。
「吸血鬼は相手を魅了する魔法なんかを使えるらしいですからぁ、その対策も兼ねていたり?」
「魅惑されてもそのまま眷属にしてもらえそうじゃないか。私は悪い虫が寄り付かないようにするためでもあると思うが、どうだ」
私の口よ、そうだよ、と言ってくれ。はぐらかせばそれだけ何かあると思われてしまう。冗談っぽく笑い飛ばせ。
「…………なあ」
「どうした」
「私たちは友達、だよな」
「え? そうだと思ってましたけどぉ」
「何言ってんだお前は。まさかまた歳の話を持ち出すのか?」
友人に隠し事をするべからず。それは私が決めたルールだ。すでに銀城には破ってしまっているが、こいつらに打ち明けていいものだろうか。
「秘密の交換をしよう。一つや二つはあるだろう」
自分だけにルールを破らせるにはいかない。こういう性格を良しとしているわけじゃないけど、どうせだし、みんなで暴露大会といこうじゃないか。
「なるほど。自分だけ語るのは嫌だから私らにもそうしろと?」
「サナ、サナ、はっきり言わないでくれ。代わりに私がはっきり言う、あれは媚薬だ、あれの半分の量で理性がぶっ飛ぶ類のやつだよ。平然としているあいつもおかしいけど、それ以上に私も私がやばいと思う。だって、あいつと飯を食べるときはほとんど毎食服用させているからね」
「わお。いいですねえ、お菓子もありますし、洗い物も終わりますし、あっちでやりましょ」
「えー、なんかあったかなあ」
けっこう乗り気じゃないか。こういう遊びを楽しめる連中なのかな。
「カヤマ、ちょっとこっちに来い」
「んー、わかった」
恋愛ドラマに気を取られつつ、私たちは机を囲んだ。お菓子をつまみ、お茶やジュースを紙コップに注ぎ、乾杯とサナが音頭を取る。
「趣旨はこうだ。秘密を打ち明け合う。これだけ。まずは私から始めるから、各々とっておきのやつを用意してくれ」
いぇーい、と盛り上げたのはクロスで、カヤマは顎に指を当てて考え込んだ。こんな突発的なイベントにも向き合うなんて、異世界ではこれが日常なのだろうか。
「実はな、昔、奴隷だったことがあってな」
しょっぱなから実にヘビーである。
「とはいえ二日間だけだ。森で寝ていたら商人が私に縄をかけて、目が覚めるとどこかの町にいた。装備は全部没収され、手足には枷がある。奴らは私をエルフの小娘だと思っていたんだろうな、だからこそその程度の武装解除で済んでいたんだ」
「今だってエルフの小娘じゃないのかしらぁ」
「百は超えていたから、娘といっていいだろう。エルフの娘は凶暴だぞ、特に魔法を習得している娘はな。自分が奴隷として扱われるのだろうと悟った瞬間、商人の体がぶっ飛んだ。ただの衝撃波のつもりで撃ったんだが、効果は抜群だった」
「それでやっつけたんだ。サナはすごいねえ」
戦闘民族が褒めるのだからすごいのだろう。リアリティが全くないが、それは慣れるしかない。
「まだ終わらないぞ。奴隷にやられたとあっちゃあ奴隷商の面目丸潰れだ。元締めに賞金をかけられて、指名手配までされた。大変だったんだ」
全員を殺すのには時間がかかったよ。さらりとそう締めくくった。
「一発目が元奴隷ですかぁ。じゃあ次は私ですねぇ」
こっちも軽く流したなあ。
「これ、これ見てくださぁい」
首にある細いネックレス、赤い石はルビーだろうか。
「某国の秘宝でぇ、持ち主に圧倒的な力を与えてくれるんですぅ」
嘘くさい。というか……その安っぽいネックレスでよくそんなことが言えたな。
「あ、証拠を見せろと言われてもできませんよぅ。本人の力量を遥かに超える出力ですので使うと体が爆散しますしぃ、何より私は呪いで本来の力が出せませんのでぇ」
ほー、こうやってごまかせばいいのか。参考になる。
「どうやって手に入れたの?」
「盗みましたぁ」
「やるねえ。じゃあ次はカヤマ。黒辻は最後だ」
泥棒じゃん。などとは言えない。カヤマが深呼吸して準備しているのだから邪魔してはわるい。
「あのね、あの、誰かと喧嘩すると、性格が変わるって言われるんだ」
秘密、なのだろうか。それにカヤマが喧嘩をする姿は想像もできない。
「ここでは見せられないし、見せたくないんだ。秘密にするようなことでもないけど、なんだか恥ずかしくてさ」
「わかった。無理強いはしない。話してくれてありがとう」
「大事なことを共有できて嬉しいですぅ」
カヤマにだけ甘くないかこいつら。違うな、これらは全て前振りだ。私の口を破らせるためのデモンストレーションだ。
「じゃあ次、やってくれ」
ギラリと双眸、歪む口元。こうだもんなあ、もしかして今の話も全部でたらめじゃなかろうか。
「……言っておくけど、ここでのことは」
「他言無用。当たり前だ」
「僕は口が堅いから」
言っちゃいましょうよぉとささやくは悪魔ではなく同期であり、どうやら天使はいないようだった。
「では。一人暮らしがしたかったが、両親に反対されてね。そこで銀城がサポートしてくれるからと言って安心させたんだ」
さてどこを語ろうか。どうせみんなかいつまんで話しているだろうし、切り取る部分を考えればそれなりな娯楽になるだろう。
「なんで銀城が?」
「そう、ただの友人の彼がなぜ、と父も母も疑問を持った」
話の先を読み切ったクロスは「それであの薬ですか」と手をうった。
「どういうこと?」
「銀城が私に惚れていると嘘をついたんだ。でも実際はああだから、少しでも嘘を真実にしようということだよ。二人揃って両親の前に召還されたときボロが出ないようにね」
「薬なんて使わなくても仲がよさそうに見えたけど」
「三年くらいは一緒にいるからね」
「じゃあお前は手を出されるのを待っているわけだ」
「言葉を選んでくれよ。私の両親さえごまかせればそれでいいんだから」
じゃあなぜ銀城にそれを打ち明けないのか。
こういうことになってしまった。申し訳ないが、将来を見据えた二人というていで家にきてくれ、と。
(それじゃあ、なんか格好が悪い。それにふりをしてもらうより、本当にそうなった方が)
方が? なんだというのだ。良いのか悪いのか、なんだ、なんだ、何を考えているんだ黒辻真紀。
「おい、いきなり黙り込んでどうした」
「ふぇ? いや、なんでもないさ」
「でもあの調子じゃ薬の効果が表れているとは思えませんし、量は増していく一方ですねぇ」
「そうかな、銀城くんは黒辻さんのこと好きだよ思うけどね」
「友達としてだろうな。その先には踏み込まない、いやその先があるとわかってないだろ」
そうなんだよなあ。さっさと行動に移せばいいじゃないか。毎晩の運動じゃ解消できないくらいの過剰摂取のはずなのに、一向にそんな気配がないんだ。
「ねえねえ、サナとクロスにはいい人いないの?」
カヤマは実家を出てからというもの女の子の友達が少ないそうで、いわゆる恋バナをしてみたいそうだ。
「ふむ、どうだクロス」
「ちょっと大人な話になりますけどぉ」
「どんとこい。カヤマも、それでいいな」
「大丈夫。黒辻さんよりも年上だから」
そのわりには正座になって前のめりじゃないか。まあ、私もそうしておこう。あんまりそういうのを教えてもらう機会はなさそうだし、銀城となんか絶対にできない話だもの。
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