第13話 気になる体調

 ウキウキしながらもやしを買って帰ると、やはり仲良く騒いでいた。


「やりすぎだろ」

「どこの世界にもあるけど、どこの世界でもおすすめされないでしょうねぇ」

「黒辻さん、待って、その量は結構危ないかも」

「平気だ。前もこのくらいだったし」

「なに話してたんだ?」


 ぎゃあと悲鳴が四つ。ドアの開閉音は静かだけど、気がつかないほど何をそんなに熱中していたのか。


「や、おかえり。今の会話をきいていたかい?」

「入れ過ぎじゃないかってところから。なにやってたんだ?」

「まあ座りたまえよ。それと、もやしはあった、袋の底になっていて気が付かなかったんだ。ごめん」

「そっか。いいって、余計に食えるじゃん」


 煮えるまでもう少しかかるようだが、黒辻はテキパキと箸やフォークを配りつけダレを用意した。


「はい。これきみの」

「……なんかみんなと色が違くないか」

「私特製だ」

「サナたちにもふるまえばいいじゃん」

「この世界に馴染みがないから、まずはそのままの方がいいじゃないか」

「そうか? カヤマ、味見してみるか?」

「あ、いや、大丈夫」

「遠慮しなくてもいいのに。ほら」

「もう煮えたな! はいじゃあよそうからぞ! 皿を出してくれ!」 


 いつになく強引だ。意外と鍋奉行なんだな。


 別に味におかしなところはない。むしろうまい。

 うまいのだが、視線が気になる。カヤマなどは露骨で、ちょっと顔が青ざめている。


「なんだよ」

「いや、なんでもないよ?」

「ならいいんだけど。え、俺なんか変かな」

「変じゃないぞ! みんなもっと食べろ! あ、銀城はこれで食べなさい」


 茶碗につけダレがなみなみと注いである。かまわないけど、多すぎないかな。


 しばらくすると俺に対する興味は失せ、初めての鍋に異世界組はその美味に感服していた。


「なんで煮るだけでこんな味になるんだ」

「科学の力だよ」

「なおさら学ぶ必要がありますねぇ」

「黒辻さんって料理上手なんだね」

「んっふっふ。秘訣は挑戦と実験の繰り返しだよ」

「実験……」


 とサナもクロスもまた俺を見ている。


「試食だろ? そんな人体実験みたいなこと言うなよな」


 いやそれで合っているよ。頬を引きつらせてはいるが、黒辻スペシャルはうまいことがわかっている。こいつらも食ったらわかるのに。


「黒辻、今度お前の特製を作ってやってくれよ。実験だっていうならさ、みんなで被検体になろう。めっちゃうまいからびっくりすると思う」

「エルフの口に合うかわからんから遠慮する」

「秘伝のようなのでおそれ多いですぅ」

「もっと免疫を高めてからにするね」

「……めっちゃうまかったのか。よし」


 何を言ってんだこいつらは。ともかく鍋を平らげて、締めの雑炊までやった。見た目と食感は不評だったが、味に不満は出なかった。


「泊めてくれ」


 サナはそう言った途端、やっぱりいいやと自ら否定した。そういえば酔ってなかったと理由も添えた。

 それは方便で、男子がいるから女同士でのお泊り会とはいかないからだろう。


「あ、俺は帰るから、黒辻がいいならいいんじゃないか」

「銀城さんが泊まった方がいいと思いますけどぉ」

「いや、なんか暑いから家で寝るよ。最近寝汗がひどいんだ」

「もしかして、体調が悪いとか」


 カヤマの心配にははっきりと首を横に振れる。


「むしろ元気なんだ。ジョギングも筋トレも、夜が明けても苦じゃないんだよ」


 眠るのは明け方になるが、数時間の睡眠で一日を過ごせてしまう。異世界に行くとこういう効果もあるのだろうか。


「ま、まあ元気ならそれでいいじゃないか。銀城が帰るというなら、他のみんなはどうする?」

「俺が言うのもなんだけど遊んでいけばいいじゃん」

「僕は」

「では厄介になろう。カヤマもそうしておけ。お前も必要になるかもしれない呪術の一端がこいつの頭にあるかもしれん。それらを解き明かそうじゃないか」

「私もお世話になりますぅ」


 呪術ってなんだよ。とは言わない。仲良くできそうならそれでいい。


「そんじゃ帰るから。遅刻したりすんなよ」


 家までは走って帰る。あいつの家にいるとその楽しさと興奮でいつも不気味なほどに全身が熱くなる。

 この日は特にそうで、翌日の朝から講義が入っているのにまったく寝付けず、結局はほぼ体を動かし続けた。もしあの公園に夜な夜な筋トレをしている不審者がいると通報されれば、それはきっと俺だろう。

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