第12話 ご招待
「てな感じでざっくりこの世界のことを説明しましたけど、どうですカ?」
松山さんの解説に、異世界組はうまくものもいえず、かろうじて一言くらいをこぼすのがやっとのようである。
「戦争どころか内戦もないんですねえ」
カヤマは戦闘狂とされる民族だからか、そのことに一番驚いていた。
「科学が魔法の代わりなのもすごいとおもいますよぅ。私も覚えようかしらぁ」
「私が国をつくったら民主主義にしようかな。いや王は必要じゃないか? しかし……」
「まあざっくりでいいですヨ。この世界はこんな感じなんだなあってくらいデ。それにあなたたちの同期はこの世界で二十年ちかく暮らしているベテランですから、何でも聞いちゃってくださイ」
三人六つの眼光が向けられる。特にクロスからの視線が強烈だった。
「ネ? 会食にも意味はあるんですヨ。おすすめのお店があるので、みんな町に繰り出しなさイ」
松山さんは黒辻に居酒屋と思しき店の住所が記されたメモと、一万円札を握らせた。
「うぇ? いやこれ」
「いいんですヨ。会費ですから。私は参加できませんけど、そのかわり色々教えてあげてネ」
「松山さんすごいっすね。次は一緒に飯食いたいっす」
ニコニコしながら「そうだネ」とポケットに手を突っ込み帰っていった。きっぷのいい人である。
「それが金か。前に見せてもらったが、本当にそれが流通しているんだな」
サナがお札の端を摘んだ。透かしに仰天し、カヤマたちにも見せている。
「我々は酒が飲めないから、居酒屋というのはないな」
黒辻が一万円札ではしゃぐサナたちを眺めながら、この後の予定を呟いた。
「しかし適当な定食屋というのも味気ない。どうしようか」
「何か買って俺ん家でだべるか? お金は余ったら返せばいいし」
「きみの家? それなら私の家の方がいい。あ、言っておくけど、他意はないからね」
「わかってるよ。でもいいのか?」
「きみの家に居座られるよりはずっといいよ。俗にいう悪い虫となりかねない」
「なんだそりゃ」
なんでもないよと微笑むが、どうも気になる。友達を家に呼ぶことに抵抗はないし、新しい友人を招きたい欲求もある。
「じゃあ次は俺のところだな」
「松山さんがいるから、お店になると思うよ」
「じゃあその次」
「アッハッハ。私がいつでも行ってあげるよ」
そういうことではないけど、まあそれでもいいか。「黒辻さぁん、これでどのくらいご飯が食べられるのかしら」
クロスにお札を返してもらい、それを慎重に財布にしまう。彼女たちは窓から外を眺めたり、部屋の棚や壁をペチペチと触ったり、まるで子どものようだった。
「どうなんだ銀城」
「人によるとしか言えないよ。俺は三週間、そう決めた」
バイトをするまではカップ麺と野菜炒めで過ごす。妹にもこれをさせるつもりでいる。
「じゃあスーパーで買い出しをして、私の家に行こう」
「スーパーってなんだ」
「商店のことだ」
「ああ、そういえばそんな言葉もあったな」
「みんなはなんで日本語喋れるの?」
これにはカヤマが答えた。興奮からか、物怖じせず俺と目を合わせた。
「他の言葉と一緒に学校で習いました。どこでも戦争に加われるようにって」
「冒険とか旅とか、そういうことをする連中はみんな覚えているさ」
「会話くらいはみんなできると思いますよぅ」
「すげえなあ。そうだ、みんなの故郷の言葉ってどんな感じなの?」
すると三人は地元の言葉らしき文言を紡ぎ始めた。今まで一度も聞いたことのないその音律と抑揚だが、それほど拒否感はなかった。
お互い別な言葉で喋っているはずなのに、多分冗談かなにかを言い合っているのだろう、サナなどは爆笑している。
それも外に出るまでで、舗装された歩道に走る車、街路樹や街並みを見た瞬間に黙ってしまった。
俺があの世界で感じた興奮と恐怖の痺れが全身をぶち抜いているのだろう。
クロツジ、とエルフの言葉で何かを言っているが、理解はできない。
「申し訳ないけど、言葉がわからないよ」
「あ、すまん。……しかしなんだこの世界は」
「この床は壊すのも大変そうだね」
(カヤマは物騒なことを言うなあ)
コンクリートを踏みしめながら強度を確かめている。確かにあちらと比べれば土や緑の原っぱは少ないだろうけど、線の細いわりにはやはり戦闘狂としての血が色濃いのかもしれない。
「お店では、私から離れないようにね。迷子になると大変だから」
「手を繋いだ方がいいかな」
「だめだ銀城。どうしてもというなら私がそうする」
「三人いるじゃん。手は二本だぞ」
「……とにかくダメ」
サナにはそんな歳じゃないぞと反抗されたが、スーパーの店内に入ると大人しく俺の後ろを陣取った。カヤマと手を繋いでいる。
「あのぅ、お手洗いに行きたいんですけどぉ」
「頼んだ黒辻」
「任せろ。きみはお守りだ、そこのベンチから動くなよ」
しばらく待っていると、クロスが興奮しながら戻ってきた。
「ちょっとちょっと、サナもカヤマも見てきた方がいいですよぅ」
「何を?」
「こっちこっち」
「あ、待って。見学なら私の家でしてくれ、他の人の迷惑になっちゃうから」
黒辻はまるで職業見学の引率だった。その後もレジに感心したりオートロックのマンションにあ然としたり忙しく、
「慣れるより魔法で焼け野原にして、そこからまた始めたほうが手っ取り早いな」
と恐ろしいことまで言っていた。
もはや勝手知ったる黒辻のリビングで、俺たちは鍋を囲むことになった。
「鍋って要は煮込みだろ。手伝うよ」
意外にも家庭的なのはサナでそれを追ってカヤマも台所に立った。
「銀城さんはぁ、たしか不老不死になりたいんですよねぇ」
残ったクロスはチョコ菓子をつまむ手が止まらない。
「そうだよ」
「理由とか教えてくれますぅ?」
「んー、死ぬって訳がわかんないだろ? それにみんな悲しむし。だからかな」
「結構軽い感じなんですねぇ」
「あはは。そうだな、軽いな。でもさ、図鑑を完成させるのと同じくらいやり甲斐がありそうじゃないか」
彼女の夢に触れると、チョコを取る手が止まった。
「図鑑は図鑑でも、神獣や幻獣、それと化物なんかを揃えたいんですよぅ。やり甲斐というか、未知の生物ばかりですので、先行き不安なのも同じですかねぇ」
なるほど彼女には彼女なりの不安があるのか。その見通しの悪い悪路を進もうとする感覚は容易に共感できる。
「じゃあさ、一緒に探そうよ。俺もドラゴンとか吸血鬼とか、不思議生物に会わなくちゃいけないから、一人じゃ大変なんだ」
「……眷属になるつもりですかぁ?」
「なんで知ってんの?」
「これでも知識はあるのでぇ」
「めっちゃ助かる。ぜひ手伝ってくれ。俺にできることならなんでもするから」
クロスは答えず、俺の目をじっと見た。瞳の奥から心を読み取られるようである。
「ん、なんか付いてるか?」
「……本気なんですねぇ」
「理由は軽いかもしれないけどな」
すると台所から、そんなもんいれるな、と悲鳴がきこえてきた。
「な、なんだ」
「ちょっと見てきますぅ」
五分ほどで戻ってきたクロスは、カセットコンロを持ってきた。
「銀城さんに用意させろってぇ」
「それはいいけど、何を入れてたんだ? 闇鍋するのか?」
「……食べたらわかると思いますよぅ」
黒辻たちも席についた。目の前で白菜やらしいたけやらを鍋に突っ込み、そこに不審なものはなかった。
ただ、サナとカヤマは俺を、どこか真剣な眼差しで心配している。
「なんだよ」
「いや、黒辻はいつもこうなのかと」
「銀城くん、早く不老不死になれるといいね」
「さあこれを煮ればやっとご飯にありつけるぞ! 銀城、もやしを忘れたから買ってきてくれ!」
「おう。さっき何を入れようと」
「急げ! こっちは腹ペコだぞ、帰って来るまでに鍋が残っている保証はないんだ!」
「……ちょっとは残しておいてくれよ」
考えてみれば、俺とばっかり遊んでいることが多い彼女だ、短い時間でも女子の友達とお喋りなんかもしたいだろう。
「でも十五分くらいで買ってこれちゃうぞ」
「え? うん、それでいいけど」
「そうか。じゃあ行ってくる。マジで残しておけよ」
なくなるはずのない量だけど釘を差しておこう。しかし、友達に友達ができるこの感覚はくすぐったくて仕方がない。あいつらもきっと黒辻が好きになる。
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