第11話 実現可能な計画

「今日はガーデンからカヤマさんたちが来ますので、それまでは座学ネ」


 スケジュール的には俺たちがしたことをそのままするようだが、


「来るのはいいけど、目立ちませんか?」


 黒辻の疑問ももっともである。しかし抜かりはないようで、


「毎年のことだから大丈夫。二人ともそのへん散歩してご覧ヨ、みんな馴染んでるから逆にわからないのかもしれないネ」

「そういえばあそこのスーパーの店員、妙にトカゲみたいな顔だったような……」

「お巡りさんもやたら牙が鋭かった気がするな」

「じゃあ卒業生かモ。まあそれはいいとして資料を配るネ」


 最終的な目標を定め、そこから逆算してなにをすれば到達するかという簡易的なチャートである。

 すでに講義には慣れた。これもスラスラ書けると思ったのだが、そうはいかない。


(不老不死ってなんだよ)


 今更ながら、不明確すぎる。最初に、それから、最後には、という道標がまるでない。

 そんなものはどこにもないだろう。と入学前なら思ったけど、やはり特殊な夢なのか、松山さんが近寄ってきた。


「黒辻さんはともかク、あなたのはちょっと難しいかラ、ヒントあげる」


 ホワイトボードにペンを走らせ、三つの箇条書きをコツコツと叩いた。


「まずは薬。薬品を接種して、またはし続けてそれに近いものを得る。大昔から行われている方法だネ。錬金術とかがそれにあたりまス」

「それって水銀とか飲むやつですか?」

「そうそウ。ガーデンではもう少し違うけどネ」


 二つ目、と機械の行に線を引いた。


「サイボーグ化ってやつダ。手っ取り早いと思うヨ」

「……そうじゃない気がします。よくわかんないけど、人間のままがいいっす」

「人間ってなに? なんて考証は他の講義を受けようネ。ここでは道のひとつとして挙げただけだかラ。最後は機械化に近いけど」


 人間をやめる。その短いが物騒な文字の並びは、やはり現実感がない。


「不老不死である代表な生物には、吸血鬼やドラゴンがいまス。あとは神獣なんて動物がいテ、そういうのと同格の存在になるカ、眷属になるカ」

「どうすればなれますか?」

「まずは眷属になってみよウ。頼んだらなれたって事例がいくつかあるヨ。機会があったらやってみてもいいんじゃなイ?」


 なるほど。じゃあまずは吸血鬼とかドラゴンに出会わないといけないのか。


「眷属になっテ、主人に認められればその力を分け与えてもらえる、らしイ。でも不老不死になれるかどうかは確認されていませン」

「じゃあドラゴンや吸血鬼そのものになれたりはしないんですか? そうすれば」

「吸血鬼はともかク、ドラゴンと神獣について前例はありませン。少なくとも、私の知る限りではネ。あとハ、お勧めはしないけど呪術とかアーティファクトとかかナ」


 以上、あとは考えたまエ。その博識さに拍手すると、彼女は舞台役者のように礼をした。

 その手助けのおかげで、光明が見えた気がする。遠い道のりだけど、真っ暗闇を進むよりはずっといい。

 決めた、薬も機械化もちょっと怖いので、不思議生物に頼みこむことにする。


「なあ銀城」

「どうした。お前はもう書けたのか」

「まあボチボチね。そうじゃなくて、きみのそのチャート、面白いことになってるな」


 不老不死の特性を持つ存在に出会う。頼み込んで眷属にしてもらう。認めてもらう。


 確かにおかしなことが書いてある。でも、これが実現する可能性があるということこそが面白いじゃないか。


「これがよ、マジでうまくいくかもしれないんだぜ。痺れるよ」

「まったくだ」

「お前のはどうなの?」

「だ、駄目! 秘密だ!」


 シートを裏返してその上に腕で蓋をした。恥ずかしがるようなものでもないのに。


「秘密って、松山さんは見るだろ」

「そうだけど、きみは駄目だ」

「なんで」

「……笑うから」


 それこそ笑ってしまうような理由だ。事実、俺の口元は笑っていたらしく、


「ほら。見せる前からこうだもの」


 と拗ねてしまった。


「そうじゃないって。ただ——お前がそんなふうに、何かを隠すなんて珍しいと思ってさ。それになんだよ、犬みたいにいじけるなって。犬といえば、俺の名前の由来を知っているか?」

「知らないよ。私が見せないことに関係あるのか」

「ないけど聞いてくれよ」


 松山さんはパソコンで何かの作業をしているし、時間制限もないために好き放題できる。これもチャートを完成させるための重要な工程である、かどうかはさておこう。


 俺の名前は飼っていた犬が白かったから黒である。そのままの漢字ではあまりにも、ということで九郎になった。


「きみがクロならはじめちゃんはどうなんだよ」

「九郎より可愛い、いいや一番可愛い。だからはじめ」

「……へえ」

「あれ? つまんなかった?」

「話のたねにはなるだろうけど、そこまでじゃないかな」


 はっきり言ってご機嫌取りのようなことをしたわけだが、あまり効果はなかった。黒辻が何かを隠したりすることはほとんどないので、あの紙の裏には何が書いてあるのか非常に気になる。


(まあ……見せたくないものもあるよなあ)


 俺は腹を割りっぱなしできたつもりでいたし、お互いそうだと思っていた。しかしどうやら黒辻にも秘密はある。あって当然だ。

 でも、勝手ながら、それが少し寂しい。


「そっかあ。鉄板だと思ってたんだけどなあ。一なんかこの話めっちゃ好きでさあ、家に連れてきた友達の子が、俺のことクロさんなんて呼ぶんだよ。あちこちで言ってんだよ、あいつ」

「特殊なエピソードだな。どうやって対応していたんだ」

「こんにちは、俺が一番可愛いはじめの兄ですって。ゲラゲラ笑ってたよ」

「そ、その子たちはきみ目当てで遊びにきてたのかな」


 試験が近くなると溜まり場にしていた気もするけど、大抵はゲームばっかりしていたはずだ。


「違うと思うけど」

「本当か?」

「念押しするようなことじゃないだろ」

「……話が脱線したな。私がこれを見せたくないというところから始まったんだ。それはなぜか。きみがきっと笑うから、馬鹿にするから。そういう理由だ」


 急にいつもの感じに戻った。結果オーライである。


「それをしないと誓うなら、見せてもいい」

「今まで笑ったことなんかないだろ。馬鹿にしたことだってないし」

「それでもだ」

「誓う」

「よし」


 裏向きのまま渡されたそこには、世界を一つにと書いてある。他はまだ空白のままだ。


「平和ってこと?」

「違う。いやそれも必要だけど。何度か言った気もするが、私たちがいるこの世界と異世界を、つまりはガーデンとを一つにしたいんだ」

「あの鳥居をくぐらなくてもいいってことか」

「そんな感じだ」


 それをするとどうなるんだろう。そこら中に妙な人間がうろつくようになって、雑誌の方のガーデンの通りの世界になって、不老不死になりやすくなったりするのかな。


 でも、鳥居をくぐればいいだけの話でもある。通行に制限もなさそうだし、実際あっちには購買の支店があった。門番の人も同期たちも日本語だった。不自由も不便も感じない。


 それにこの夢が実現すれば、彼女たちがそうであったように、俺たちもガーデンの言葉を覚えないといけなくなる。英語だってできないのに、かなりの負担だ。あとは言語や文化をある程度共有しないと揉めたりするんじゃないかな。


 まあどこにでも揉め事はあるし、俺だって海外の人に道を尋ねられてもろくに返事もできない。だったら混ざろうが分かれていようが関係ないな。


「笑うかい」


 考えていると、黒辻はまた上目遣いで俺を見ている。不安な時のくせのようなもので、なかなかレアな彼女の一面だ。


「——そうなった時のために、あっちの言葉を勉強しないといけないな。偶然だけど言語のなんとかって講義をとってたから、ちょうどいいな」


 これもまたレアな表情で、目を丸くして「んふ」と八重歯を光らせた。


「今度のゴールデンウィークにうちに遊びに来ないか?」


 と、話が飛んだ。


「いいよ。俺も帰るつもりだったし」

「よかった。うちの両親はきみのことを気に入っているから、あれこれ訊かれるだろうけど、いい感じに答えてくれよ」

「気に入られてんの?」

「……うん。だから頼むぞ」

「お行儀よくするよ」


 本当に頼むぞ。八重歯を光らせてまた念押しされた。 



 うわぁあ。間抜けな叫び声が隣室から聞こえてくる。


「なんだろう」

「行ってみるか」


 黒辻は機敏に動いた。その後を追うと、ちょうどドアが開いた。


「押すなって言っただろうが! しかも同時に足を出すとまで約束したのに!」

「手を繋いだだけでもありがたいと思ってよぉ。サナだけだよぉ、そんなに怖がってたのはぁ」

「お、お邪魔します」


 サナとクロスが騒ぐなか、困り顔のカヤマが小さく手を振っている。

 松山さんは「こっちだヨ」と俺たちの横をすり抜けてホワイトボードに何かを書き始めた。


「サナぁ、ほら、いつまでも騒いでないでさぁ」

「裏切り者め。いいかカヤマ、それにお前

ら。こいつは」

「あはは。もうサナったらぁ。意地悪はやめてよねぇ」

「こっちのセリフだ!」

「みんな早く着席して頂戴。ちょっとお話するかラ」


 急かされ、俺たちは久しぶりと言い合う間もなく席についた。

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