第8話
『
その工房に通じるドアを潜ってすぐ左手に見える幅二メートル、奥行き一メートル六十センチの作業テーブルがある。
テーブルは高さ一メートルのキャノピーに覆われていて、中には四本のロボットアームが設置されている。キャノピー内部天井部にはスキャナーとエアーコンプレッサーから伸びたホース、そして換気用のファンが搭載され、そこから通じるダクトは特殊な分離機の付いた空気清浄機へと伸びている。
そしてテーブルの右側にはコンソールとディスプレイが一体となった端末が鎮座しており、伸びた太いケーブルの束がキャノピーと繋がっていた。
アタシはマルチクラフトテーブルから、一対の双剣内蔵型手甲を取り出し、対面にある普通の作業テーブルへ置き換え、その様子をカウンターチェアで眺めている一人と一匹に向き直って話し始める。
「典型的なスリーピースユニット型ね。装甲とコアユニットとサブユニット。換装するか、あるものに手を加えるかの判断は任せるけど、まぁある程度希望通りにカスタムできると思う。」
それを聞いてゼペットは満足そうに目を細めた。
「とは言え、まったく見たことの無い
「大丈夫。『クラウ・ソラス』の装甲はそれ以上は望めない。」
「クラウ・ソラス?」
「その
「銘があるの!? 想像以上にヤバい代物じゃない……。」
勝ち誇ったようにブイサインでドヤってる――表情は変わらないが――ピノはあとでゲンコツ決定。
何せ詳細を憶えている人類はすでにこの世にはいないのだから。
その中でも銘が付いている
教会の聖書に出てくるものや、代々受け継がれてきて由緒正しいものなどだ。
尤もそういったものらも
爺ちゃんが言っていたのは、旧時代の神話などの由緒あるものを加工されユニットとなったものが多いのだそうだ。
例えば長剣タイプの『エクスカリバー』や『
神話の武具を加工は兎も角、どうやって入手したのかは問わない方がいいのだろうか、何故なら大抵の銘付き
とは言え、アタシは目の前の『クラウ・ソラス』を大したことないと切り捨てる
それはピノの戦いぶりを見ていたというのもあるのだけれど、大いにアタシの興味をひいたのはその構成主成分だった。
アタシが最初に
構造解析はユニット型かどうか、ユニット型であればいくつのユニットで構成されたものか、スタンドアローン型であれば手を加えられるかどうかを調べる必要があり、リバースアセンブルは、含有するナノマシンメタルのプログラムを解析する事で、例えば全く新しく新造して適合させることが出来る。
そして成分分析は文字通り使用されている素材を知る事で、その
その中で最も早く結果が出る成分分析の結果が表示されているタブレットの画面を見て大きなため息が漏れた。
――――――――――――
作業No.02661489 責任者:イヨ・アマノマ
≪装甲ユニット≫
プライマリ成分:データベース登録なし
セカンダリ成分:データベース登録なし
≪含有その他成分≫
鉄、鉛、ニッケル、マグネシウム
… その他四十種類の微量鉱物。
――――――――――――
いや、もう、登録の無い金属なんて論外なんだけど?
「笑っちまうだろ? そいつは正真正銘神話の剣を加工した代物だからな。」
「そう――なんでしょうね。データベース登録なしって。」
ピノとゼペットが一瞬お互いを見て考え込んだ気がしたけど、直ぐにこっちに視線を戻して話は続く。
「で? カスタムユニットの製造はいけそうか?」
「そうね、リバースアセンブルが完了してみないと確約はできないけど、おそらく大丈夫だと思うし、ナノマシンメタルはまだ在庫があるから。なので、あなた達は
ピノは大きくひとつ頷く。
「それと並行して、依頼もこなして欲しいところね。正直このレベルのカスタムともなると、それなりにお代も頂かないとわりに合わないわ。」
「当然だな。仕方ない頑張るぞピノ。」
「いつも言ってるけど頑張るのは僕。ゼペットは何もしてない。」
「オペレーターやってんだろうが! 人を怠け者みたいに言うんじゃねえよ!」
「前から気になってたんだけどさ。ゼペットも
「出来るか出来ないかで言えば出来る。ただ、この体じゃ体力が続かないんだよ。」
そう言って首をすくめるゼペットは大きく鼻を鳴らす。
確かネコ科の動物って瞬間的に大きな力を出せるけど、持久力に乏しいんだっけ。
なら仕方ない――のだろうか?
ネギ類も食べるし味付けも人と同じ食事を摂って、なんならコーヒーってカフェイン多すぎて猫は飲んじゃダメじゃない?
「あ、解析と言えば。アンタたち使ってる武器はクラウ・ソラスだけ? 他にもあるならそっちの解析はしなくてもいいの?」
「ああ、そうだなぁ……。」
顎を肉球で揉みながらゼペットはしばし考え込む。
ピノは何も言わずこっちを見ている。いや、見てるのか? 最近気づいたんだけどこの子
「ねえピノ。あなたの目ってどうなってるの?」
「?」
アタシの問いかけに小首を傾げてよくわからないと意思表示をしている。
「いや、
「これ
「あ、そうなんだ
アタシが声を荒げると、ゼペットがさっきまでアゴを揉んでいた肉球で目を抑え天井を仰いでいる。
「イヨ。大体聞いたことないって言ってる。知らなすぎ。」
「アタシが変なの!? 割と常識だったりする!? ちょっと見せて!」
「目なんだから取れるわけない。イヨ、猟奇趣味は頂けない。」
「んな趣味ねえわ! ちょ、ゼペットどういう――。」
「よぉしそこまでだあぁ!!」
アタシの言葉を遮り、ゼペットの猫パンチがピノの脳天に炸裂した。
「別に隠してるわけじゃねえが、イヨが混乱するだろうが。」
「そう? なら、いつなら話しても大丈夫?」
「……。」
ゼペットは答えない。
アタシとしても色々話してくれた方が力になれる事は多いと思う。
でも、ゼペットが止めた理由もなんとなくわかる。
以前ゼペットは「巻き込みたくない」と言っていた。
きっとそれが全ての答えなのだろうと思う。
要するに信用が足りない……信頼まで至っていない。
実際彼らの普段使っている
それでもギリギリそこに疑問を持たずにいられるのは、人語を話す猫であるゼペットや、普段のピノを見ているからだ。
美味しい料理を食べれば喜ぶし、コミュニケーションも普通にとれるし、冗談だって飛ばし合う。そして夜、本人たちは気づいていないかもしれないけどごくたまに見せる寂し気な……何かを憂いているかのような表情。
いや、ピノは表情変わらないから、なんというか雰囲気で?
とは言え、感情の欠如とは一体何を指すのかと疑いたくなる程度に二人は表情豊かだ。
とは言え、札付きである二人が人付き合いに関して無防備であるとは考えにくい。
それでもアタシが気づける程度に人間味を晒しているという事は、つまりここまでは近づいて来てもかまわないという意思表示に他ならないのだろうと思う。
逆に言えばそれ以上近づくことは許さないという彼らなりの線引きなのだろう。
アタシは、二人にとっての何なのだろう。
二人と今後どう付き合っていきたいのだろう。
宿を提供して依頼を紹介して
何より二人は札付き、不用意に近づきすぎて良いわけない。あまりにも危機感が足りていない。
それでも……アタシは……。
ばつが悪そうにゼペットは視線を落とし、何事か言おうとしては言葉を飲み込む。
想像する事しか出来ないけど、欠けた感情のせいでピノは枷がなく、欠けた感情のせいでゼペットは苦しんでいるのだろう。
いつフラっといなくなっても可笑しくない二人だけど、ただの知り合いで終わりたくない。これまで札付き相手にたくさん商売はしてきたけど、今までの客とは何か違う。そう思わずにはいられない。なら――。
「ゼペット。アタシはもっとアンタたちを知りたいし、アタシの事も知ってもらいたい。」
「……。」
「お願い聞かせて。アンタたちがどんな人間で、何を考えてて、何をしたいのか。」
アタシはこれでもかと視線に力を入れ、未だ悩んでいる様子の黒猫の目を見つめた。
「深く関わったところで良いことなんか何も無い。後悔しかしないぞ。」
「アタシにとっての良いことも、悪いことも全部アタシが決めるアタシだけのものよ。それこそアタシの事知りもしないくせに未来のアタシを勝手に決めないで。」
この二週間で初めて見る真剣な表情で、アタシの独白を聞いていたゼペットは、ヘラっと笑って口を開いた。
「変な女だ。一体全体俺たちの何がそんなに琴線に触れたんだか。わかった、ただ少しずつな。」
そう言ってくつくつと笑い出した。
それを見てピノも幾分か上機嫌のようにも見える。
いや、表情は微動だにしていないが……。
――つか、喋る猫に全身
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