第6話

 安定した収入を得る為にイヨが俺様たちに最初に用意してくれた仕事。それは「ウシガエルの定期狩猟」だった。


 どうやらこの辺りではカエルの変種――大浄化に伴う天変地異の影響で牛サイズに巨大化し牛のような体毛と角の生えたカエルの変種で牛のような鳴き声で鳴く巨大カエル――の肉をメインに取り扱う旧人類ヒューマンの精肉店があるようなのだが、基本ウシガエルは家畜化出来ない。

 理由は単純。ウシガエルの獰猛さにある。

 ヤツらの食性は肉食であり、人間の大人でさえ丸呑みにするし、膂力は普通の牛に匹敵、下手をすれば牛よりも強靭だ。体重は小さな個体でも三百キロに迫り、その体重を物ともしない脚力で一跳びで二十メートル近く跳躍可能。しかしてその動きは非常に俊敏とくれば飼いならすなど夢のまた夢だろう。

 卵生生殖である為繁殖力も高く、瞬く間にガラハッド周辺の食物連鎖最上位に上り詰めた恐るべきヤツらではあるが、その肉は最上級の牛肉に匹敵する柔らかさと旨味があり、食用としては人気の高い部類に入る。

 つまりは滅茶苦茶旨いが強すぎて飼えない動物を狩って定期的にその肉を納品してくれという依頼なわけだ。


 かつてハンターがこぞって遺跡に潜っていた頃は、安定供給されていたようだが、近年遺跡が探索しつくされたと判断され、ハンターの数が減ると一般人の手で狩れるような相手でも無く、必然的にその肉も供給が激減したのだ。

 俺様とピノからすればうってつけ過ぎて断る理由の無い依頼なわけだが。

 ぶっちゃけ俺様もピノも肝心のウシガエルを見たことが無い。

 というか初めて聞いたときはたちの悪い冗談かと思った。

 なんだよウシガエルって……。

 「ああ……もう一度確認なんだが……真面目な話なんだよな?」

 「真面目も真面目大真面目よ。というかウシガエルなんて壁外に出て十秒で視界に入るわ。最近は狩れる人が減ったせいで増えすぎて困ってるのよ。」


 大真面目だった。

 いや俺様たちその壁外から来たんだが!? 牛みたいなカエルとか全く見てねえんだが!?

 「まあいいや。んでとりあえず五頭狩ればいいんだな?」

 「そうね。一日で五頭狩れるなら目下は三日に一回の納品で良いわ。」

 「了解だ。そういうわけだピノ。壁外に出たらデカイ角の生えたカエルを探せ。」

 俺様は『Heavenヘイヴン』の食堂のカウンターに座り、体の正面に半球状に展開投影したホログラムのモニターを通してピノへ話しかける。


 『旧時代の遺産アーティファクト携帯型管制室ポータブルコントロールルーム

 俺様はこいつでピノのバイタル情報、周囲五キロメートルの索敵、ピノの視界に捉えたモノの情報解析を行う事が出来る。またリアルタイムにピノと会話する事も可能で逐一ピノに必要な情報を音声や時には視界のインターセプトによって映像として送り、オペレーターとしてサポートをする事でピノを戦闘に集中させる。


 『アイアイゼペット――って、ウシガエル。見つけたかも。』

 「おいおい、十秒かかってねえぞ。」

 ピノが送ってきた視界情報から生物の情報を解析。

 第二十一自治区の防護壁を出て程ない植生豊かな林の入り口付近で、木の影でピノの様子を伺う二メートル程の生体反応を見ればイヨに聞かされた特徴と一致する。

 どうやら間違いなくお目当てのウシガエルのようだ。しかし……なんとも形容しがたい生き物だな。角はともかく体毛の生えたカエルってのは生理的に気味が悪い。そしてデカイ。


 「間違いないターゲットだ。毛皮は大型哺乳類ほど厚くなさそうだ。まずはで手堅くいけ。」

 『アイアイ。』

 ピノが抑揚無く了解すると同時に通信を通して音叉の共鳴音のような深く長い音が響く。

 そして同時にピノの両腕を包む金属の鎧が現れ、両方の手の甲から四十センチほどの真っ白な両刃の剣が伸びている。

 そして前傾で駆けていたピノの上半身が更に深く沈み込む。ターゲットの命を根こそぎ刈り取る為に。

 一切の躊躇を感じさせない美しさすら感じるいつものピノのそのスタイルが俺様は大好きだ。

 瞬く間に距離を詰め、ピノは左腕を大きく内に巻き力の限り薙ぎ払う。

 一瞬硬質な衝突音が響いたかと思えば、白い筋を残してウシガエルの角を切り裂いた。

 『かった。』

 すかさず低い体制のまま身を翻したピノがこぼす。

 「良い音したな。油断せずにいけ。」

 『アイアイ。』

 三度みたび了解するとピノは二振りの白刃を左肩側に大きく振りかぶり、回転しながら切り付ける。振り返りざまのウシガエルの首を深く切り裂き、しかし骨はかわし肉の裂ける音と共に真っ赤な血が噴き出し、ぐるりと白目を剥いたまま巨大なカエルは地に伏せ動かなくなった。

 「いい感じだ。このままいけるか?」

 『ヨユー。』

 勢いに乗ったピノはこの日、計六頭のウシガエルを仕留めた。



 「お疲れ様! 初っ端ウシガエル六頭の納品なんてやるじゃない。見直したわよピノ。」

 おだてに気をよくしたピノが鼻息荒くドヤ顔してやがる。

 まぁ、たしかに初見の狩りとしては上々な出来と言えるし、たまには褒めてやるか。

 「頑張った。もっと褒めるといい。ゼペットは何もしてない。もっと頑張って。」

 前言撤回。なんでこんなに調子に乗れるんだコイツは!

 「おい、しっかりナビしただろうが。俺がオペレーターやらねえと、索敵なんぞ頭に無ぇお前なんて速攻で獣のエサなんだからな?」

 「まあまあ、隣で見てたけど息ピッタリじゃないアンタたち。これならこれからも仕事任せられそうね。それじゃあインベントリリング出して。報酬の精算やっちゃお。」

 俺様が促すとピノがひとつ小さく頷いて右手の手首を差し出す。

 「あ、あれ? ピノあんた左腕にインベントリリング着けてなかった?」

 「両腕にある。なんなら両脚にもある。」

 言いながらパンツの裾をめくって見せるピノ。

 「えぇ……っと。え? 体調悪くなったりしないの?」

 「ああ、後で説明すっからとりあえず清算を済ませてくれ。」

 口の端を引きつらせて冷や汗を流しているイヨが面白いので眺めていてもいいんだが、俺様は疼く嗜虐心に蓋をして行動を促す事にする。


 イヨが気にしていたのはアーティファクトの動力源に関する事だ。

 それが装置である以上動作させる為になんらかの動力が必要なわけだがアーティファクトの動力はオドの力を利用している。旧文明においても十九世紀以降疑似科学だとか似非科学だとか言われた分野らしいのだが、エネルギー問題が深刻化した人類は二十五世紀に入り、かつて信奉されたものの証明も否定もされなかった部分に着目し、超常とも言える新エネルギー、オドを抽出、利用する手段を確立したのだ。

 でオドとはなんぞや? って話なんだが、正直よくわからん。

 宇宙に存在する全てが内包するエネルギーで重さも長さも無いが計測は出来て、正負の極性がある……らしい。

 な? よくわからんだろ?

 兎にも角にも、よく分からんが使えるってんで、二十六世紀以降電気よりも重宝されるエコエネルギーとなったわけだ。


 とは言え何事にも落ちってのは付くもんで、オドの力ってのはどうやら生命力そのものに近いらしい。石からオドを限界まで取り出せば石は自然に砕け砂になり、最後には消滅する。水から限界まで取り出せば形状が変化する事なく消滅する。

 この消滅するっていう現象がやっかいで、どうやら分子の結合が無くなって原子として霧散している……ようなのだが、実は再現性が悪い。

 どんな物体からオドを取り出しても分子が分解されて原子になるのなら、オドとは原子が結合する力ってことで話は単純だったのだが、有機物に関してはこれが起こらないのだ。極端な話、人間からオドを限界まで取り出しても消滅したりしない。生命活動が停止して死体が残るだけだった。

 当時の科学者は大いに頭を抱えたことだろう。

 物質は有機物だろうが無機物だろうが突き詰めれば原子の集まりであるはずだ。であれば、オドに関する現象も同様に帰結するはずが、何故か無機物と有機物で異なる結果になってしまう。

 しかして既に実用化されていたオドエネルギーの価値も恩恵も計り知れないわけで、数百年研究は続けられたが、結局は文明崩壊のその日まで「なんか良くわからんけどエネルギーとしては使えるけど使いすぎたらヤバい。」くらいしか分からなかった。


 で、インベントリリングの話に戻るわけだが、こいつが実は更にヤバい。

 旧時代の遺産アーティファクトの中でも最もと言って良いほど人類の生活に浸透しているくせに、実はどういった原理で動作しているかサッパリ解っていないのだ。

 何せ収納した物質の質量も重量も無視して便利な道具だ。つまり青いネコ型ロボットの腹についてるアレだ。

 収納先は異空間としか定義しようも無く、しかも収納先にはチャンネルのようなものがあるようで、同じインベントリリングを複数の人間が扱った場合、人間Aが収納したものを人間BもCも取り出す事は出来ない。なんなら人間BやCがアクセスする収納空間には何も存在しないらしい。

 二十八世紀の科学者がどうやらオドには指紋や網膜パターンのように発するモノにより全て異なるパターンがあって、そのオドを動力とするインベントリリングに対してチャンネルのような働きをしているのでは無いかと仮説を立てた。

 が、結局これも証明には至っておらず、つまりは「よくわからないが便利だから使っている」状態なのだ。


 インベントリリングについて問題はまだある。

 それはオドの消費量だ。

 そもそもオドってやつはモノによって総量が異なる。ただ石だから少ないとか、体のデカい鯨だから多いとかそう言った事ではなく、同じサイズの二つの同じ鉱物があっても、それぞれオドの総量は違うって話だ。

 ただ同じ種類の物であれば「最低限これだけの量はある」みたいな最低ラインはあるようで、インベントリリングの場合その最低ラインのオドを保有している人間が一日肌に装着していると死ぬくらいオドを消費する。

 そう、触れているだけで死に至るのだ。

 そんなやべえもんを両腕両脚の四つも常時装着しているピノに対してイヨがやべえ視線を向けた。

 ――とまあそんな話だ。


 「――ってなわけで、ピノは旧時代の遺産アーティファクトで大気中のオドをガンガン取り込んでっから、数回呼吸すりゃオドが全快するってわけ。」

 俺様たちは初報酬で外食するってな運びで、今は商業区にある食堂『WILDCAT HOUSEワイルドキャットハウス』でウシガエル肉を堪能していた。外見こそもはや化け物なウシガエルだが、名前にウシが付いてるだけあってその肉は高級牛肉のような旨味と柔らかさで、なかなかどうしてクセになりそうだ。ちなみに汚れを落として服を脱げとか尖ったものを置けとか壺のクリームを体中に塗れとかは言われなかった。何を言っているのかわからねえってヤツは宮沢賢治くらい読め。一般教養だぞ。


 ちなみに今はピノが十七枚目のサーロインステーキにかじりついたところだ。

 まあウシガエル一頭で二三〇ドルにもなったから金の心配は無いんだが……いや、毎食こうなるとヤバいな……。しかし毎度思うがコイツの腹のどこにそんなに食い物が収まるんだ?

 俺は幸せそうに――ピノの顔から表情をうかがう事は非常に困難だが――肉を頬張るピノに冷ややかな視線を向けながら食後のコーヒーで喉を潤す。

 「いや、うん、え? ちょっと待って……。オドを回復する旧時代の遺産アーティファクト?? そんなの聞いたこと無いんだけど……。」

 紅茶のカップに添えた手をカタカタと音が聞こえそうなほど震わせたイヨは、顔に驚愕の色を貼り付け必死に俺様の説明を理解しようとしているようだ。

 「そりゃそうだろ。俺様もピノの持ってるこれしか知らねえしな。」

 「いや、そういう事じゃなくて!」

 乱暴にティーカップを置いたイヨの声量が上がる。

 「なんなのよそれ! 世紀の大発見じゃない! 教会の耳に入ったら即没収よそんなの!」

 「落ち、落ち着けよ! つうかいった! 尻尾を掴むんじゃねえ! 猫の尻尾はデリケートなんだぞ!!」

 「ごめん!」

 「そもそも俺様たちは札付きだぞ? 教会が知らねえ訳ねえだろうが。」

 「あ。」

 短く漏らすとイヨは多少冷静になったのか、浮かせていた尻をイスへと戻した。

 「いいんだよ大丈夫なんだピノは。大体没収しようにも取り出せねえし、取り出したところで他のヤツには使えねえからな。」

 「どういう事?」

 「なんだよ。」

 「ハイ?」

 「そう、だ。ピノの肺そのものが旧時代の遺産アーティファクトなんだよ。」

 一瞬時間が停まったように固まったイヨが、今度は限界まで開いた目でピノを脳天から爪先まで赤べこよろしく首を上下に振りながら眺め出した。

 ああ、もうめんどくせえなぁこの女……。一体どうしたもんか。

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