地獄篇

札付き

第5話

 「とりあえずアンタたち何色?」

 唐突なアタシの問いかけに、カウンターに腰掛けた少年と、カウンターテーブルの上にちょこんと座った黒猫が軽い侮蔑の視線を向けてくる。

 「いやいや……今時人種主義者レイシストとか解らなくもねえが、色で判断しちゃいかんよお嬢さん。」

 「ちっげえええよ! 旧人類ヒューマン肌色主義者カラリズミストとか笑えねえわ! そうじゃなくて、どうせアンタたちなんでしょ? 分かってて言ってるわよね、趣味悪いわよ。」

 テーブルに拳を打ち付けながら声を荒げるアタシを見て一人と一匹はくつくつと笑っている。

 ぶん殴りてえ……。

 しかし一人といっぴ――めんどくせえから二人はすぐに真面目な面持ちになり、それぞれ首のチョーカーに手をかけくるりとラベルを見せた。

 「悪かった。俺様たちは二人ともランクツー:要注意イエローラベルだ。」


 札付き――それは教会によって生涯外す事の出来ないラベルによって管理された者たち。欠感賓けっかんひんという不名誉なレッテルを貼られた者たちだ。

 大浄化で生き残った旧人類ヒューマンに対して、天使たちが最初に行った選別の結果、七情に分類される所謂、喜・怒・哀・楽・愛・憎・欲の七つの感情のうち何れか一つ以上が欠落した者。

 天使たちは感情とは主が人類に与え給うた宝であり、それを失うのは罪であると言った。ゆえに他の者に影響が及ばぬように区別管理せねばならないと。

 罪とは言ったものの、感情が欠如しただけで何か危害を加えてくるわけでは無い。

ただ、欠如した感情によっては破壊や殺人などに至るネガティブな感情の抑制が全く効かなかったり、友愛や向上心などポジティブな感情が全く湧かず人類にとって有益になり得ないなどが考えられた。よって十二人の天使は『疑わしきは罰する』の精神でって、人類をカテゴライズするあらゆる判断基準の最下層に『欠感賓けっかんひん』を置いたのだ。

 尤も、欠感賓けっかんひんなんて呼び方は欠陥品を連想する――天使たちはわざとそう呼んだとしか思えないが――為、彼らが体のどこかに必ず着けている色付きラベルから、札付きと呼ぶようになったのだ。


 そして、このラベルの色が彼らの選別分類トリアージタグ。つまり重症度を指している。

 感情が一つ欠如している者は緑色のタグ「ランクスリー:経過観察グリーンラベル」。

 おおよそ普通の人と変わらず、まず大きな問題を起こすことも無い為、積極的に管理されることも無い為、普通の人たちに混ざって生活している。

 そして欠如した感情の数がひとつ増えるごとに

 「ランクツー:要注意イエローラベル

 「ランクワン:絶対警戒レッドラベル

 となり、それぞれ黄色のタグ、赤色のタグであらわされる。

 最終的に四つ以上、つまり半分以上の感情の欠如がみとめられると黒色のタグ

 「ランクゼロ・再起不能ブラックラベル

 となる。


 この中でも問題となるのは赤と黒だ。

 「ランクワン:絶対警戒レッドラベル」は重犯罪者になる傾向が強く、多くの場合盗みや殺しに対して何も感じず、喜々として平穏を乱し秩序を壊す。その為パノプティコンの出入りも制限され、就ける仕事にも制限がかかる。

 本人がまだ犯罪に手を染めていないとしても、いつか必ずやる。

 そして誰かが必ず泣く事になる。絶対に。しかしまだ何もしていない為拘束することも処罰することも出来ないでいる。それが赤いタグを下げた者だ。


 そして極めつけが黒いタグ。彼らは生後札付きとみとめられ、そして未だ何もしていなかったとしても、その存在が有害でありとされた者たち。

 将来何かをしでかすからではなく、将来誰かが泣くからではなく、ただただと定められた者。

 彼らは生まれたその時、あるいは札付きとなったその瞬間から厳重な牢に監禁され、一切の食事も与えられずその生を終える。牢には看守すら就かずしかし旧時代の遺産アーティファクトを使った監視の目を付けられ一切の接触を断たれるのだ。その為札付きであるにも関わらず彼らにはタグが無い。人目に付かずただ孤独に死んでいく者にわざわざ形としてタグ付けする意味は無いからだ。ただひとつ、タグを模した烙印が体のどこかに施されるのだと言う。


 とまあ説明が長くなったけれども、なぜアタシが二人に対していきなり何色かと訊いたのかと言えば、それは旧時代の遺産アーティファクトハンターの大半が札付きの成れの果てだからだ。

 緑や黄色が生活するのに特に制限が無いとは言え、このご時世まともな職に就けるわけがない。

 そもそも真人類ニューマン旧人類ヒューマンだと言い合い、天使がそれを是とする世界だ。いうなれば現代は人種主義者レイシストしかいないという事。札付きは区別ではあるが、そんな彼らを差別しない人間はこの世界にはいない。結果、命の危険を伴い、社会的地位の向上も望めない、しかして浪漫はある旧時代の遺産アーティファクトハンターに札付きたちは落ち着くのである。

 それにしても二人ともランクツー:要注意イエローラベルかあ。もうちょい言葉遣いに気を付けるか?

 とはいえ、『Heavenヘイヴン』のこれまでの客の中にイエローラベルが居なかったわけでは無いし、彼らが何か大きな問題を起こしたということも――あんまり無い。うん、あんまり。ゼロではないけれども。

 アタシは気を取り直して天井を見つめていた視線を改めて二人へ向けた。


 「おーけー。とりあえずはそのタグ。もっと誰からも見やすいようにしといてよね。じゃないとクライアントからの信用は得られないわよ。」

 「わかった。」

 「あいよ。ただ俺は普段ピノのサポートだし、クライアントの前でしゃべったりもしねえ。つーかほぼ部屋に引きこもるからその辺の心配はしなくていいぞ。」

 了承の言葉の後に黒猫が気になることを言った気がする。

 「サポートなのに部屋に引きこもるってどういう事?」

 「まぁそれについては追々な。口で説明するよりも見てもらった方が早い。」

 「ふぅん……。まぁアンタたちのやり方に口を出す心算つもりはないわ。こっちとしては確実に、穏便に仕事をこなしてくれるなら問題は無い。」

 「大丈夫。仕事はきっちりやる。」

 「そうだな。俺様たちがこれまでこなせなかった仕事なんて――うん、そうだな、うん、あんまり無い。」

 「ゼペット、アンタはもっと誠実さを身に着けたら? 普段から茶化しすぎてどこまで真面目に言ってるのか分かりにくいのよ。」

 「善処しまーす。」

 「皮剥いで三味線にするわよ?」

 「ゼペット。イヨは本気。謝った方がいい。」

 「すみませんでした。真面目にやります。」

 そう言うが早いか黒猫はごめん寝の姿勢になる。

 くっそ! 黙ってればめちゃくちゃ可愛いのに!

 「とにかくタグについてはわかったわ。ただ黄色だとパノプティコン内の安全な仕事はほとんど無いと言ってもいいわね。お願い出来るのは壁外に出る危険が付きまとう仕事になるけど、それでもいい?」

 一応は申し訳無いと思って二人にかけた確認の言葉だったんだけど、二人は「なんだそんなこと」とでも言うかのように、穏やかな笑顔で肯定した。

 慣れてるなぁ。

 ほんとに札付きなんだ。


 幼く可愛らしい顔つきの少年と、態度こそ悪いけど気の置けない黒猫。

 ジャンク屋なんかで育たなければ、この二人を見て札付きだなんて思いもよらなかっただろう。

 それでもこの短いやり取りでアタシは確信した。

 彼らが差別に慣れた札付きであるという事を。

 同時に彼らの人生が決して楽なものでは無かったであろう事を。


『イヨ……。俺たちはこの星で生きてる同じ人間なんだ。耳の形が違っても、肌の色が、髪の色が、目の色が違っても同じ人間なんだよ。だからよ、きっといつか分かり合える……。だからよ……イヨ――。』


 爺ちゃんの言葉が何度も頭をよぎる。

 爺ちゃんは札付きたちも含めて人間って言ってたのかな。

 そこには赤や黒の札も含んでいたのかな。

 アタシは差別しない――なんて口が裂けても言えるような人間じゃない。

 だからこそ考えるし、悩む。

 アタシは旧人類ヒューマンだからこそ、真人類ニューマンだった爺ちゃんの言葉が重く感じる。

 わからないよ爺ちゃん。


 不躾ぶしつけな問いかけに笑顔で返してきた少年と黒猫を前にアタシは悩む。

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