第3話

 変な汗を流しながら慌てふためく取り巻きに促され、両手で尻を抑えたままモジモジしていたモジモジクンロイドがはたと正気に戻る。

 「くっそ……、バカにしやがって! 野郎どもやっちまえ!」

 ロイドがそんな三流丸出しのセリフを吐くと、黒スーツに真っ黒の偏光サングラスという如何にもな風体の取り巻き二人は、それぞれ左手首に巻かれた金属製のブレスレットに右手を伸ばした。

 「解放リリース!」

 「解放ッリース!」

 それぞれ言い放ち同時に右手の指でブレスレットをはじくと、音叉の共振を思わせる音が響き、放たれたまばゆい光が形を成していく。


 光が収まると、彼らの手に巨大な金属製のプライヤーと、両手持ちで扱うような形状をした全長二メートルほどの金属の塊が握られていた。


 見事にその頭髪をそり上げたスキンヘッドの男は手にした巨大なプライヤーを力任せに開く。

 形状からプライヤーと表現したものの、物体を挟み込む内側の部分には回転する刃が仕込まれていてグリップのスイッチに連動して、けたたましい駆動音と同時に回転を始めた。

 男が店の柱に向かって駆け出せば、もう一人の黒髪をオールバックにした男は手にした巨大な金属の塊の先端を店の壁に打ち付け、右手で握っていたグリップをバイクのアクセルを開けるようにひねる。

 うなりを上げるそれは数秒の後、大きな爆発音と共に直径十センチもある長大な金属の槍を打ち出し店の壁を吹き飛ばした。個人運用携帯型破城槌こじんうんようけいたいがたはじょうつい――パイルバンカーとでも呼ぶべきか――は次々と店の壁を穴だらけにし、残った壁や柱を電ノコプライヤーでスキンヘッドが解体していく。


 旧文明の遺産アーティファクト――


 それは大浄化以前の超高度に発達した機械文明の遺産。

 大浄化という天変地異を経てなお、世界中の遺跡で眠っている様々な機能を有した機械群である。

 その機能は実に様々で、遊具や生活用品・インフラ設備、果ては武器や兵器まで存在する。

 資源の不足に悩まされる時代、人類は遺跡から手に入れた旧時代の遺産アーティファクトをそのまま、ときには修理し再利用することで、生活水準が石器時代まで落ちることをかろうじて免れていた。

 ロイドの取り巻きがブレスレット型収納コンソール……通称インベントリリングから解放リリースしたのもそれで、またそれらを収納していたインベントリリングも同様に旧時代の遺産アーティファクトである。


 「ちょっ! なにやってくれてんのよ! ふざけんじゃないわよブタ耳ロイド! やめさせてよ!」

 「お前が悪いんだぜイヨ! もうチンタラ説得すんのはヤメだ! これ以上駄々をこねる様なら店を更地にしてでも立ち退かせろって親父オヤジに言われてんだよ!」

 「イカレてんのかよブタ耳どもは……。」

 正直ここまでするとは思ってもいなかった。


 なんだかんだで『Heavenヘイヴン』と『Zodiacゾディアック』は爺ちゃんの爺ちゃんのそのまた曽爺ひいじいちゃんちゃんの代からライバルとして時にぶつかり時に強力し合って来た腐れ縁だった。

 だからこそどこかで甘えがあったのかもしれない。嫌がらせこそしてきても、決定的な所で危険は無いと、舐めていたのかもしれない。

 いや……違うな。本当は期待してたんだ。ブタ耳のZodiacゾディアックの奴らが私たち丸耳を対等に扱ってくれているんだって信じたかったんだ。

 そんなことあるわけないのにね……。


 『イヨ……。俺たちはこの星で生きてる同じ人間なんだ。耳の形が違っても、肌の色が、髪の色が、目の色が違っても同じ人間なんだよ。だからよ、きっといつか分かり合える……。だからよ……イヨ――。』


 「爺ちゃん……、アタシじゃ爺ちゃんの期待には応えられなかったよ……。」

 誰にも聞き取れない程の声量でそう呟くとアタシは左腕のインベントリリングに右手を添えた。


 大浄化以後、この世界を救った十二人の神の御使い、天使と呼ばれる彼らと旧人類ヒューマンの間に生まれた真人類ニューマン。耳が大きく長くトールキンの指輪物語のエルフのような見た目の彼らを天使は真の人類と称してニューマンと呼び寵愛し、耳が丸い私たちを旧人類、ヒューマンと呼び大浄化を引き起こした元凶として蔑み、見下した。

 いはく、大浄化が起こったのは増長した旧人類ヒューマンが驕り、神の怒りに触れたがためだと言う。そこには明確な差別があった。

 更に差別を助長した理由として、真人類ニューマン旧人類ヒューマンの間には決して旧人類ヒューマンは生まれなかった。真人類ニューマンはあっという間に数を増やし、大浄化から百年が過ぎたころには世界総人口の八割が真人類ニューマンとなっていた。

 それでも私たち旧人類ヒューマンはあきらめず対話を続けた。旧人類ヒューマン真人類ニューマンが手を取り合い、生きていけるように。

 同じ世界で、同じ町で笑って暮らせるように。

 アタシの爺ちゃんは頑固で粗暴で喧嘩っ早くて、でも困ってる人を助けずにいられない人情に厚い人だった。

 『Heavenヘイヴン』がこんなに目立つ町のど真ん中にあるのだって、真人類ニューマンでも旧人類ヒューマンでも分け隔てなく、困っている人を助ける為にご先祖様が作ったんだって言っていた。

 そしてその信念を確かな知識と技術、そして人柄で支えていたのが爺ちゃんだった。

 ロイドの祖父、『Zodiacゾディアック』の先代もそんな爺ちゃんの事を認めていたのか、しょっちゅう喧嘩はしていたけど、喧嘩の後は肩を組んで酒を飲みに行く程度に仲は良かったはずだ。

 つまり、爺ちゃんには出来ていたことが、アタシには出来ていないという事。


 悔しいなぁ……。

 悔しすぎて涙まで溢れてきやがった。

 未だゲラゲラ笑うブタ耳野郎に気取けどられないよう、溢れた涙が零れないよう眉間に力を入れる。


 つうかなんでロイドが笑ってんだ!

 お前なんもしてなくね?

 ほんとにこいつのこういうところが昔っから大っ嫌い!

 自分には知識も技術も力も無いくせに父親の威光を自分の力のように振るい、平気で他人ひとを傷つける卑怯者。


 とは言え、このまま店を更地にさせるわけにはいかない。

 取り巻き二人の破壊活動は未だ続いている。

 手をこまねいていては何もかも手遅れになる。

 「リリー――!?」

 意を決したアタシはリングを強く弾き言葉を紡ごうとしたが、その言葉は突然鳴り響いた大地すら揺らす轟音によって遮られた。


 驚愕の表情で固まるロイドの視線をたどって振り向いたアタシの目に飛び込んできたのは、ロイドの取り巻きをそれぞれ片手で地面に押さえつける少年の姿。

 背後から後頭部を掴まれ、相当な勢いで顔面から地面に叩きつけられたのか、意識の無いハゲとオールバックが白目を剝いている。

 彼らが動かないことを確認したのか少年はその手を放しゆっくりと立ち上がり感情の機微を感じられない冷たい瞳をこちらに向け、少年の肩に乗っているウィンクをするように片目を閉じた真っ黒な猫が口を開いた。


 「何やら楽しそうなことやってんなお二人さん?」


 ニカッという擬音が似合いそうに左側の口角だけをぐっと持ち上げ不敵な笑みを浮かべる隻眼の黒猫が、あろう事か人の言葉で煽ってきた。

 猫って笑えるんだなぁ、すげぇ……。

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