第2話
光あれ――。
天地創造の初めに神はそうおっしゃったという。
神の
であるならばこの光は神が望み
西暦二九九九年十二月三十一日 二十二時十分 イギリスロンドンのグリニッジ天文台上空に突如として
それは全世界先進主要国四十八都市全てに同時に顕現。
誰もが新年を祝うデモンストレーションだと考えた。
だがその期待は、光る球体の爆発による地上の、
ある者は言った。
「これは増長した人類へ対する神からの罰なのだ」――と。
ある者は言った。
「これは某国による攻撃だ! 陰謀だ!」――と。
またある者はただひたすらに祈った。
「
全世界で同時多発的に起こった大爆発は地球の地軸をずらし異常気象を多発させ、火山という火山を目覚めさせた。
地を走った熱は樹を焼き、山を焼き、土を焼き、生けるもの
台地は涸れ、川を湖を、そして海を干上がらせ、火山灰と共にうちあげられた大量の水分は成層圏を埋め尽くす分厚い雲となり太陽の光を遮った。
割れた台地はある場所では隆起し、またある場所では深く深く沈み、気圧が狂い、世界中で巨大な竜巻を起こした。
世界は闇と破壊と絶望と死に包まれた。
嗚呼……神よ……。
これが貴方の望み
お応えください……神よ……。
繁栄の頂点まで上り詰め、栄華を誇った西暦で数える文明は一日で崩壊した。
四百億人に届こうとしていた世界総人口は僅か数千万人までその数を減らし、豊かな暮らしへの回帰は絶望的だった。
天変地異――。
そう呼んでも何ら差し障りない出来事は、まず人々から食料を奪った。
田畑が焼かれ、穀物も手に入らない。
森が焼かれ果物も手に入らない。
水が汚染され、口にするだけで生き残った人々を蝕む。
大きくその形を変えた海には海洋生物がいるにはいる。――しかしそれらを食料として得る
尊厳が無くとも食べ物があれば人は生きていける。
しかし食べ物が無ければ人は尊厳を失う。
奇跡的に生き残った人々は皆ひたすらに飢えていた。
そして争いが起こる。
自分が生き残る為、尊厳を捨て、他者から奪う。
食料を、尊厳を、命を奪う。
弱者は強者の食い物にされ、希望は力ある者の特権となる。
今日、強者として弱者から奪い命を繋げた者も、明日己が弱者となるのでは無いかと怯える。
今日、弱者として奪われ死の淵にある者も、死んでなるかと他の弱者の…あるいは昨日の強者の命を狙う。
それは地獄。
奇しくも時代の分け目となる
地球は地獄と化した。
「――と、言うのが約千年前、私たち
そういうと優し気な微笑みをたたえたまま、男は手に持った分厚い本を閉じた。
「はい!」
「アンナさん、どうぞ」
「ひゅーまんは、そんなじごくでどうやっていきていけたの?」
元気な声と共に少女が右手を大きく上げる。
アンナと呼ばれた少女は舌足らずながらも知性を感じさせる問いを投げかけた。
「実はですね、その時天変地異を引き起こした原因とされていた光の球体は消滅せずにそのまま残っていたのです。
そしてあるときそれらを見つけた
。彼らは思ったのです。
『この天変地異は神の
「神様はいたんですか?」
アンナとは別の男の子が問い直す。
「
「「おおおっ!!。」」
「正確には彼らが光る球体に触れたとき、球体の向こうから神の御使い様が
そして御使い様方は
『人の子よ嘆くことなかれ。この世界は主の
そして御使い様方はこの地に残り、生き残った
「「おおおぉ……。」」
「なので私たち
「「はいっ!!」」
「はい、皆さんいいお返事ですね。では本日の『神学』の授業はここまでとします。明日は――。」
ごくありふれた授業風景。
「くだらない……。」
そんなごく当たり前の
何十回、何百回と繰り返し説かれる歴史。まったく誰が信じるんだかそんなおとぎ話。
「しっかし……、暇だなー。」
後頭部にシュシュでまとめた黒髪から一束こぼれた前髪にフッと息を吹きかけ、座っているボロボロの事務チェアに体重をかけた。
新生歴九九〇年――。あの神官のいう事が正しいのなら、今は大浄化から九九〇年が過ぎたところ、そしてあと十年でミレニアムが訪れる。
客なんてめったに来ない店のカウンターからあの授業を眺めて早十五年。
すっかり
筆記テストでもあれば一言一句間違えずに百点満点の自信すらある。
やだアタシってば超優等生ヤバ。
でもアタシは
「よお! 丸耳女!」
うっざ!
「なんの用だよブタ耳野郎。」
アタシはカウンターに前のめりになり左手で頬杖を突くと、眉間に皺を寄せたままアタシを丸耳と呼んだ男を
男は右の下瞼をひくつかせ一瞬たじろくが、フンと小さく鼻で笑いいつもの調子で口を開いた。
「な~に、万年閑古鳥が鳴いてる弱小ゴミ屋の娘を元気づけてやろうと思ってな!」
「あー、はいはい、そうですねありがとうございます。おかげさまで仕事もなくスローライフ満喫中なので、どうぞおかまいなく。」
この男はロイド。目の前の噴水公園を挟んで中央通りのはす向かいにある、
そのクソ野郎様が毎日毎日飽きもせず取り巻きを連れてこうして嫌がらせにやってくる。それが第二十一自治区のお昼の日常だ。
ちなみにうちもそうだがジャンク屋と言ってもゴミを売っているわけでは無い。
所謂大浄化でありとあらゆる文明が洗い流された人類は、旧文明時代の様々なジャンクを回収・修理あるいは改造を行って生活している。
なぜ新たに作り出さないのかと言うと理由は三つある。
一つ目の理由は、単純に資源が足りないのだ。
中でも圧倒的に足りないのはレアメタルやレアアース。金やプラチナは言わずもがな、アルミの材料になるポーキサイトなんかはオーストラリア大陸の半分と一緒に海の底だしたとえ海に潜れたとしても分厚い溶岩層が邪魔で採掘が出来ないらしい。
二つ目の理由、深刻なマンパワー不足だ。
現在この地球上の世界総人口は一億人に満たない。
それでもこの広大な世界を
この千年弱で、火力や水力、そして風力などにより少しではあるが電気の生産は追いついてきた。水道に関しても各自治区へ井戸を設置でき、人が多く集まる首都圏には水洗式のトイレまである。
しかしそれでもまだまだ足りないのだ。
物流を維持するためには列車や船の燃料を精製しなければならないし、鉄道整備も道路整備も要る。
通信も必要だろう。
大型の船舶が世界の海を安全に航海したければ衛星も要るだろうから、宇宙開発もないがしろにするわけにはいかない。
航空に関しては望むべくもなく……。
つまりは現代地球人は、千年経っても失った超高度な生活水準を諦めきれず、それらを取り戻す為に人口を増やす事が急務であるのだが、生活水準が低いが故に人口が増えにくいという、どうしようもない悪循環のただ中にいるわけだ。
そうこうしているうちにあらゆるもの、発電施設も水道施設もどんどん老朽化する。
つまり新たな製品を作るのに回すリソースが無いという事になる。
そして三つ目の理由は――。
「おいおい、俺様を前に何遠い目してやがんだ? あん?」
「あっれー? ロイドじゃーん☆、どしたー? きぐー。」
「ざっけんな! お前がそんな態度だったらウチにだって考えがあるんだからな!」
あー、メンドクサ……。
どうしてこの手の輩はこんなに元気が有り余っているんだろう?
『俺にだって』じゃなく『うちにだって』と咄嗟に言ってしまうあたりも小者臭がキツ過ぎてヒク。
ヨッキュウフマンなんですかね?
うんこする前に飼い主の前で暴れまわる飼い猫みたいだな。
「いいかげん諦めて店の権利書渡せよイヨ。素直に渡せばこの俺様の妾として何不自由なく生活できるんだぜ? どうせ技術者がお前ひとりの工房じゃ、仕事があったところで知れてるだろ?」
てな感じでアタシんちはショボイ地上げにあってます。本当にありが(略)
ってか妾が何不自由ないわけねーだろ何言ってんだこのブタは!!
「いいかげんにすんのはそっちだブタ耳野郎! 心配してくれなくても昔馴染みの得意さんからの仕事があるんだからアタシはそれで満足してんだよ!
わかったらブタみてえに尻尾巻いて帰れ! シッシッ!」
「な!? 言わせておけば丸耳の分際でえ!」
「おんやあ? よく見たら尻尾ないじゃん!
どしたー? あっこそこで巻きすぎて捻じれて千切れちゃったあ???
仕方ねえから余ってる乗用車用のスプリングサスペンションをその汚ぇケツの穴にぶっこんでやろうか!? おっとそういったプレイは追加料金でお願いしますね! お・客・さ・ん!!」
――ん?
そこまでアタシが言い切ると、ロイドはほんのりと頬を上気させ、両手で尻を抑えたまま内股でモジモジし始めた……。
なんでちょっと赤くなってんだこいつ? キモい……。
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