祭りのあと⑦

「なぁ、ひとつ聞いていいか?」

 樹は覚悟を決め、陽子に尋ねる。

「何?」

「幸雄からオレについて何か聞いたか?」

「何かって、ただ私が中学の時に幸雄に告ってフラれたってぐらいの話しかしてないよ」

「ちょっと待て、今なんて?」

「いや、だから中学の時、幸雄に告って私、フラれているんだよ」

 樹は動揺した。樹は幸雄からそんな話を当時、聞かされてもいない。たった今明かされた真実だった。

「どうしたの? 幸雄から聞いてないの?」

 樹は陽子の質問に頷くしかなかった。言葉が出てこない。

 もしかして気を使ったのか?

 あの幸雄がオレに?

 だとしたら、そんな遠慮なんかいらないのに、と樹は思ってしまう。

 端から見たらそんな些細な事で、と思われるかもしれない。

 しかし樹にとっては重大であった。

 遠慮なんかしない間柄だと、樹は思っていた。

 お互いの事をよく知り尽くしていて、無二の親友。

 それが平野幸雄だ。

 そんな彼が樹に対して遠慮をした。

 何故そんな遠慮を?

 樹はそんな事をしなくても、オレ達の関係は壊れないし、寧ろ固い絆があると思っていた

 樹の思考は段々とマイナスに働いていく。

「でもさ」

 陽子が語りかける。

「その時に言われたのが『親友が好きな女子とは付き合う事は出来ない』って言われた。そんな話をしていたら、段々と樹に興味が湧いてきた。だって中学生でさ、中々そんなセリフって言えないと思うんだよね。そんなセリフを言わせるぐらいの男性に、興味が湧くのは普通だとは思わない? 私から見たら男の人にそこまで言わせる男に、やっぱり魅力を感じちゃうかな」

 その言葉を聞いた瞬間、樹の心の濁り始めていたのに、急にその濁りが消え失せた気がした。

 樹は思った。

 気を使ったんじゃない。

 もしかしたら。

 あの出来事。

 二十四年前のあの事件。

 幸雄だけ虐待から解放され、樹だけは何も変わらず虐待が続いた。

 これを今でも幸雄が気に病んでいるのか。

 だからこんな大仕掛けを仕込んだのか。

 樹が最近離婚したからとかではない。

 ただ単純に幸雄は、キッカケが欲しかったのだ。

 離婚というキッカケを使って、樹にこんな大仕掛けを仕組んだ。

 理由はただひとつ。

 樹の幸せを親友として願っている。

 それだけの事なのかもしれない。

 幸雄はそういうヤツだ。

 事に樹に対しては。

「ねぇ、聞いてる?」

 陽子の顔が目の前にある。どうも考え込んで物耽ものふけってしまった様だった。

「あ、あぁ。聞いてる。ていうか、顔近い」

「急に黙り込むから」

 言うか、言わざるべきか。

 樹は陽子の反応を想像していた。

 拒絶される。

 憐みの目を向けられる。

 そんなキーワードが頭の中を駆け巡る。

「そろそろ樹の話も聞かせてよ。樹はどうだったのよ、虐待されていたのは分かった。だけど幸雄とは全然違う。実家を離れるまではずっとでしょ?」

 陽子も虐待の話に慣れてしまったのか、毅然とした態度で質問してくる。

 だが今、樹の考えているのはそういう事じゃない。

 無精子症。

 この事実だけだった。

 このまま黙り込むのも怪しまれる。

 迷いに迷う。反応が怖い。

 しかし樹は、覚悟を決めて口を開いた。

「虐待…幸雄ほどではないけれど、確かにされていた。天野は何をもって虐待だって思う?」

「えっ? そりゃあ育児放棄だったり、暴力とか、食事を与えないとかじゃないの?」

「今、天野が言ったのは全て正解だ。だけどな、虐待っていうのは線引きが難しいところもあったりするんだ。昨今やっとその線引きがしっかりしてきたけど、まだまだなところが沢山ある」

 陽子は首を傾げた。

 虐待というのは家庭内で起こる事で、子供や年老いた老人に向けて行う、決してやってはいけない行為、という認識だった。

 だからてっきり『暴力行為』が基本であろうと思っていた。

 それ以外、一体何があるのだろう?

 続ける樹。

「生まれ落ちた時から、『教育』という名で幼い頃から虐待を始める。それはもちろん暴力も入ってくるんだけど。オレは暴力よりも『言葉の暴力』だ」

「こ…とば?」

「そう。意外だろ? オレの場合、暴力ならまだ良かった。だが言葉による暴力が、オレを捻じ曲げたキッカケだと思っている。そうだなぁ、簡単に言ったら『洗脳』に近いかもしれない」

 陽子は思わず口を押えた。

 洗脳。

 これによって過去にテレビでも大々的に報道された事件を思い出す。

 そのニュースの中で専門家達が口々に交わしていた洗脳という言葉。

 だけどそれはテレビを通しての出来事だったから、身近にそんな事があったりする訳がないと思っていた。

 しかし今、目の前にいる彼がそう語っている。

 自分の過去をそう言って告白している。

「つまりオレは両親に洗脳され、社会に出た時に自分が知っている『常識』というのと、途轍とてつもなくかけ離れている事に気付いた。それに気付いたのが幾つの時だと思う?」

「そ、そんなの分からないよ」

「二十四の時だ。実家を離れて五年。五年かかって、自分と社会の圧倒的なズレに気付いた。それからはもう訳が分からなかった。何が普通で何が常識なのか。やっとまともになってきたと思い始めた時には、もう十年ぐらいの歳月が流れていた。そんな時だ、彼女に出会ったのは」

 陽子の表情が曇った。

 樹はそれを見逃さなかった。

「その表情からすると、幸雄から何も聞いてないな。オレはバツイチだよ。しかもつい一か月近く前に離婚したばかりだ」

 陽子は驚きを隠せなかった。樹は独身だと思っていた。いや、正しくは独身ではあるが結婚歴がある事は全く知らなかった。

 樹を理解出来るのは私だけだと思っていた矢先の告白。

「聞いてもいい?」

「そうくると思ったよ。何で離婚したか、だろ?」

 陽子は頷いた。

 樹はどちらかというと、外見はいつも気難しい表情をしていて、それは中学生の頃から変わっていない。

 性格もどこか掴みどころがなく、何を考えているのか全く分からない。

 それは表情のせいもあるのかもしれないけれど、口数も少ない方であったから、こっちから話しかけなければ、全く会話はしない。

 そんなどことなく気難しいと思わせる樹が惚れた女性、どんな女性だったのか知りたかった。

「離婚した理由は後にしよう。オレが三十五の時に前の女房と知り合った。面倒臭いから前妻っていうけど構わないよな?」

 陽子は頷く。

「出会った当時、前妻は二十三だった気がする。馴染みの飲み屋で店員をしていてね。そのままの流れで仲良くなった。天野も知っているだろうけど、オレはあまり自分から会話はしないだろう? 前妻はその逆でね、事あるごとにオレに話しかけてきた。それで付き合い始めて一年後には結婚。幸せだったよ。別れてから言うのもなんだけどね」

「若いから結婚した、とかじゃないでしょうね?」

「まさか。そんな理由で結婚してたらオレはそういう男が嫌いだ。そんな男になるのは御免だね。ただ単に、そうだな、なんて言ったらいいか分からないけど、オレみたいにつまらない男に構ってくれる彼女に惚れた、っていう表現が正しいかもしれない」

 つまらない男。

 樹が自分の事をそう思っていたとは、陽子は知らなかった。陽子からしてみれば樹は決してつまらない男ではなかった。寧ろ『叩けば叩くほど面白い話をしてくれる男』と思っていた。もちろんそれは、中学生の時の話だが。

 だからつい、陽子は口を挟んでしまった。

「樹は自分の事をつまらない男だと思っているの?」

 樹は表情を変えずに、

「あぁ、ひどくつまらない男だと、オレは思っている。何人かの女性と付き合って、唯一長く続いたのが前妻だ。それまでは半年や、半年も持たない付き合いが多かった。つまらないから離れていったんだと、今でもオレは思っている。いや、一回言われたかもしれないなぁ。でもまぁ、そんな事はどうでもいいや」

 淡々と話す樹。

 表情もピクリとも変わらない。

 流石に自分を卑下し過ぎなのでは? と陽子は思ったが、話の腰を折ってしまったから続きが気になっていた。

「でも不躾ぶしつけだけど、四年間連れ添っていきなり何で?」

「簡単だよ、浮気されたんだ。しかも相手の男の子供を妊娠していた」

 はぁ? 何それ?

 当然の様に、陽子の頭に浮かんだ言葉。

 それを聞いた途端、陽子は同じ同性として樹の前妻に憤りを感じた。

「何それ? 浮気はともかく妊娠? 何を考えているのよ、その

「まぁ、そう思うのは仕方がないよな。それで離婚の話し合いに相手の男も連れてきた。オレはそいつを殴り飛ばしてやろうかと思ったんだが、話を聞けば相手の男も真剣でね。土下座までとはいかないが、オレに別れてほしいと懇願してきた。ちゃんと生活基盤が出来ているようだし、前妻の事も真面目に考えているみたいだったから、妙な話だが怒りを通り越して仕方がないか、って思った。だから離婚した」

 只々、淡々と話す樹。

 その姿はまるでロボットの様にも見えた。

 ここまで聞いていた陽子は、どうしても納得が出来なかった。

 自分の嫁が寝取られ、しかも妊娠までさせられて。

 それを許す?

 冗談じゃない。

 樹はお人好しなのか? それとも馬鹿なのか? 聞いていて、本当に納得がいかない。

 でも、もし樹が納得しているのなら、陽子がでしゃばる必要性もない。それはまたお門違いだ。

 ただこれで分かった事は樹はバツイチで独身である、という事だった。

 だからこれだけは確かめなければならない。

「ねぇ、樹。まだ前の奥さんに対して未練はあるの?」

 すると樹は少し黙り込み、そして静かに、

「どうだろうな……」

 しばらくの沈黙の後に、

「分からない。ただひとつだけ言える事は、前妻が相手の男の子供を妊娠して、その事実から逃げださなかった男に対して、逆に幸せにしてやってくれって思ってるだけさ。つまりオレはその程度の人間だったって、認めざる得ない結果を突き付けられただけだ」

 樹の答えはこうだった。

 しかし陽子はそれは違うと思った。

 樹の言葉は綺麗事すぎる。

 そこまで言う樹の心情が、陽子には分からなかった。

 ただ自分だったら、絶対にそんな事はしない。

 好きな相手を、裏切る様な真似はしたくない。

 もうこの時点で、完全に陽子は樹に惚れていた。

 この気持ちに偽りはなかった。

 陽子は樹を抱きしめた。

「おい、何するんだよ」

「改めて言うわ。私、樹の事が好き。私ならそんな事はしないし、寂しい思いだってさせない。だから私と正式に付き合ってよ」

 樹は陽子が今置かれている現状を何とかしてくれると言った。それが理由で好きになった訳ではない。

 この会話を通して、樹に対しての興味が、恋に変わっただけなのだ。いや、寧ろ愛と言ってもおかしくはない。

 樹のひと言ひと言が、陽子の心を満たしてくれる。癒してもくれる。

 そんな相手は中々いない。時間は掛かったが、こんな身近に、そういう相手がいる事に初めて気が付いた。だから陽子の言葉には嘘なんてなかった。正直な気持ちだった。

 しかし。

 樹は陽子が抱きしめるその腕を、優しく解く。その表情は少し、哀しい。

「気持ちは嬉しい。でもやめておけ。オレといてもつまらないだけだ」

「何で? 何でそこまで自分を悲観的に見てしまうの? 私は樹が好き。それがいけない事なの?」

 すると樹は少し哀しい笑顔を見せ、

「天野、お前、子供好きか?」

 と、唐突に話題を変えてきた。

 いきなりの事で一瞬戸惑う陽子。何故、いきなり子供の話をしてくるのか、陽子は理解出来なかった。

 だが反射的に、

「そ、そりゃ好きだよ。もし自分に子供がいたら、可愛がっちゃうと思う」

 と、思い付きで答えてしまう。

「そうか、可愛がっちゃうか…天野だったらそうかもしれないな」

 勝手に納得する様な素振りを見せる樹。

「でも何でいきなり子供の話? 付き合うなら結婚を前提に、って事?」

 樹はかぶりを振る。

「いや、別に。そういう事じゃないよ」

「じゃあ、どういう事?」

「さっき前妻との離婚話をしたよな? その話に繋がっているんだ。今話している事は」

 言っている意味が分からなかった。

 陽子は離婚話と子供について繋がっていると樹が言っている、そこまでは分かるが一体どういう結びつきがあるのか、全く分からない。理解不能である。

 それでも考えてみようと、陽子は思考をフル回転させて考え巡る。

 離婚と子供。

 離婚と子供と樹。

 やはりそんな繫がりなど、分かるはずがなかった。

 離婚話の会話の中にヒントが隠されているのか?

 考え巡らせても、やはり分からない。

 突然出されたキーワード、『子供』もそれだけでは分かるはずもない。

「天野、子供は欲しいか?」

 樹の声が、まるで遠くの方から聞こえる様だった。

 子供は欲しい。

 それは当然であった。子供がいたら楽しい生活が送れるかもしれない。それにもう陽子は三十九だ。早く子供を作るに越した事はない。

「いたら、きっと楽しいと思う」

 自分の年齢も考慮して、陽子は答えた。

 すると樹は哀しそうに、少し微笑む様な表情でこう言った。

「オレには子供を作る事が出来ない。だから天野とは付き合えないよ」

 さっきまで色々と、あれこれと考えを巡らせていた陽子の思考が、ピタッと止まった気がした。

 作る事が出来ない?

 作らないじゃなくて、出来ないと樹は断言した。

 まさか。

 陽子が思った事を樹が話し始めた。

「前妻と妊活したけど、中々出来なくてね。色々話し合った結果、不妊治療に踏み切る事になった。でもすぐ検査で分かったんだ。子供が作れない原因はオレだった。先天性の無精子症。精子を作る機能が全くないんだよ。大体の無精子症と診断された人はそれなりの治療があるらしいが、オレの場合は治療も不可能。生まれつきなんだから」

「そんな…」

 陽子は愕然とした。それは樹が子供を作れないからではない。

 何故、樹が? という思いからだった。

「最初は前妻も二人でも大丈夫って言ってたけどな、やっぱり本当は子供が欲しかったんだろう。だからさっき話した様な結果になったのさ。全ての原因はオレだ。生殖機能がないオレの招いた事だ。笑えるよな、勃起はするのに中身は空っぽなんだぜ? 男としての機能が、何の役にも立たないなんてな」

 陽子は気付いてしまった。

 樹が自分の身体に憤りを感じ、悔しく、泣きながら告白している事に。

 思ってもみなかった告白。

 陽子は何と声を掛けたらいいのか、分からなかった。

 ただ。

 確かにさっき陽子は「いたら、きっと楽しいと思う」と答えた。

 だがそれは、あくまで理想であって、現実とはかけ離れている。だからこう思うのだ。


 前の奥さんは理想を追い続けてしまった。

 その結果、やってはいけない最低な事をして、樹の心を深く傷付けた。


 同性であるからわからなくもない。

 言葉では大丈夫と言っても、どうしても子供が欲しかったのだろう。

 だがやり方というものがある。

 流石に酷すぎる。

 これでは樹自身を、完全否定している様にも思えてしまう。そして樹の心を壊しかねない。そんなに樹が、罪深い事をしたのか?

 いや。

 樹は虐待をされ、言葉でなじられ、否定されてきた人間だ。陽子の目にはそれが原因で樹という存在を、自分自身で否定している様に見える。

 過去の虐待で、心を雁字搦がんじがらめにされ、自分という人間を否定する。

 おそらく、この先、樹はパートナーを作らないと決めているだろう。樹はそういう人間だ。何でも自分で背負ってしまう面倒臭い同窓生。

 だから尚更、愛おしく思ってしまう。

 自分自身を抑制して、社会に揉まれ学んで失敗を繰り返して、『普通』に憧れ、それだけの為に生きてきたのだろうと陽子は思う。

 きっと心は傷だらけに違いない。

「樹」

 陽子は彼の名前を呼ぶ。

 樹は俯いていたこうべを半分上げる。陽子に目を合わせようとしない。

 これが本来の樹なのだろう。

 こんなに心が擦り減っても、悟られない様に、いつも仏頂面だったに違いない。

 ここまで頑張ってきたんだ、と陽子は瞳を潤ませる。

 もしも陽子が歩んできた、男に恵まれない半生だったとしたら、今この目の前にいる傷だらけの男に、出会う為だったのかもしれない。

 そう考えると、樹の事がもっと愛おしくなる。

 そしてそのまま樹を優しく抱き寄せた。

「大変だったんだね、もうそこまで自分を追い詰める事はないよ。大丈夫、私がアンタの傍にいるから。だからもう、そこまで自分を卑下する事はないよ。いいじゃない、子供が作れなくても。私が樹の事、幸せにしてあげる」

「でも、子供は…」

「私はね、理想を言っただけ。でもさ、二人だけの人生っていうのも有りだと思わない? 二人同士で喜んだり、楽しんだり、時には喧嘩もあったりする事もあると思うけど、そういう在り方っていうのも、いいんじゃないかな? 私は樹が傍にいてくれたら、それだけで嬉しいな」

「本当にそう思っているのか? 子供…作れないんだぞ?」

 陽子は樹の背中を優しく擦り、顔を上げて瞳をじっと見る。

 何もかも見透かされている。

「私の気持ちは樹と一緒にいたい。子供だって今からじゃ遅くもないけど、それなりのリスクがともなうでしょ? それより二人で一緒にいることを想像してみたら、なんだか不思議なんだけど私はそっちの方がしっくりきた。だから信じて、私の事を。私が樹を幸せにしてあげる」

 樹を見つめる陽子の瞳には、一点の曇りがない。

 嘘を付いている瞳ではない。

 しっかりと樹を見つめている。

 そして樹自身が、まるで、あの時の様に。

 中学時代、告白した時の、あの気持ちが樹の心に蘇る。それは思い出でも何でもない。

 二十四年の時を経て、樹の恋が成就した瞬間だった。

「私が幸せにしてあげる、か…」

「何、いけない事でも言ってる?」

「まるで逆プロポーズみたいだな、って思って」

 やっと樹が笑顔を見せる。

 陽子は改めて思う。

 自分が付き合った男達は、その男に恋していた訳ではなく、『恋に恋していた』だけだったのだと。

 二十四年経って、樹と再会して、その事に気が付かせてもらえた。

 だからこれが新しい出発なんだ。

「もう、明け方近くだな」

 樹はベッドに搭載されているデジタル時計に目をやった。

 もう午前五時を過ぎていた。

「どうする? ここで樹がしたい事、してもいいよ」

「バカ、そんな事をおいそれとするかよ。物には順序ってものがあるんだ」

「順序?」

 陽子は首を傾げたが、すぐにその意味が分かった。

「そのケダモノ、フルボッコにしてやろう。散々好き勝手な事をやったみたいだからな」

 不敵な笑みを浮かべる樹。

「で、出来れば穏便にしてね」

「穏便? あぁ、穏便にぐうの音も出ない様にするから安心しな。ただ・・・」

「ただ?」

「今、天野が住んでいる場所から離れる事になるけど、それでもいいか?」

 一瞬、躊躇する陽子。しかしあの大家、西山っていうのは絶対に許せない。

「分かった。樹を信じる」

「よぉし、もう年の瀬だから冬休みに入るだろう。とりあえず、来年になるまでオレの部屋で寝泊まりしてくれ。作戦を練るからさ」

 陽子は頷いた。

「じゃあ来年の年始から、そいつに地獄を見せてやろう」

 樹は何だか楽しそうに、しかし頼もしくそう言った。

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