祭りのあと②

 陽子は夢を見ていた。

 中学校の校舎。懐かしい教室。

 だけど人が少ない。

 そうか、今日は私立高校の受験の日だ。

 だから人がまばらなんだ。

 確か幸雄も私立だったはず。

 どこを見ても教室には幸雄の姿は見えない。

 樹と目が合う。

 樹が近づいてきて、「話がある」と言って陽子を連れて隣の使われていない教室で、多目的室になった場所に連れていかれた。

 使われていないからカーテンも無く、陽がさんさんと入るその教室で樹は陽子を連れてきたはいいが、ずっと黙ったままだった。

 何か言おうとする仕草はするが、やっぱり何も言えない樹。

 それが何度も繰り返される。

 何分経ったか分からない。

 樹は床を見ながらもじもじしている。

 業を煮やして、

「何か話があるんでしょ? 何?」

 陽子は少しだけ苛つきながら言った。

 と、同時に樹は、

「オレ、天野の事が好きだ。だから、つまりその…付き合って欲しい」

 最後の方は聞き取りづらかったが、どうも付き合ってくれという事を言ったのだろうと陽子は思った。

 だけど突然の事だったから、陽子は驚きを隠せず動揺する。

 正直に異性ではなく、幸雄の傍にいる、幸雄の友人、という程度でしか樹を意識していなかった。

 陽子は動揺したが、答えは決まっていた。

「ありがとう。樹の気持ちは嬉しいよ。だけど私、好きな人がいるから。ゴメンね」

 陽子はそう言って、そそくさと教室を出ていった。



 場所が変わって誰もいない放課後の渡り廊下。

 目の前には幸雄がいる。

 陽子が呼び出したのだ。

「どうしたの? こんな所に呼び出して」

 幸雄はいつもの口調で言う。

 屈託のない笑顔。

 この笑顔が陽子は好きだった。

「私、幸雄の事が好きなの。高校別になっちゃうけど、付き合って欲しい」

 陽子はハッキリと、自分の気持ちを幸雄に伝えた。

 その告白を受けて、幸雄は驚く事もなく、動揺もしなかった。

 ただ、彼はいつもと変わらない彼のままだった。

「ありがとう。でもそれは無理。幾らなんでもそれは無理」

 声のトーンを変えずに、幸雄もハッキリと答えた。

 その表情もいつもと変わらない屈託のない笑顔。

 陽子の頭は一瞬、真っ白になる。

 が、すぐに我に返って、

「えっ? 何で? 理由聞いてもいい?」

 無理とは何だろう? 

 正直、陽子は『何故?』という疑問しか頭に浮かばなかった。

 すると幸雄は、

「簡単だよ、樹の事だよ。樹が前から天野さんの事が好きなの知っているし。それなのに俺が付き合うなんて事したら、あいつは傷付く。そんな事はしたくない」

 異性より、友達を選んだ。

 あの噂は本当なのか? と、陽子も思ったが、今まで三人で会話していて、そんな雰囲気を出していたかというとそんな事はない。

 つまり『友達を裏切る事は出来ない』という、シンプルな答えだった。

 それでも食い下がる陽子。

「それじゃあバレない様に付き合えばいいじゃない? ねえ、そうしようよ?」

 すると幸雄はきびつを返して、

「無理。オレは友達を裏切る様な事も出来ないし、折角のこの関係も壊したくない」

 とその場を去ろうとする。

「どうして…どうしてなの?」

 膝を落として呆然とする陽子。

 同時に吐き気が襲う。

 その場で吐いてしまう。

 そんな状況でも振り返る事なく、その場を去る幸雄。

 自分の姿に情けなく、涙が溢れてくる。

 私は、汚い。

 そうだ、この時から私は汚れていたんだ。

 それを幸雄は既に見抜いていたんだ。

 そんな汚れている私を好きでいてくれたのが、樹。

 本当の意味で『優しい男』とはもしかしたら…。

 意識が段々と遠のいていく。

 懐かしい風景。

 霧の中にかすんでいく。

 待って。

 お願いだから待って。

 もう一度だけでいいから、あの頃に戻りたい。

 そしてやり直したい。

 本当に好きな人を、ちゃんと……。

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