祭りのあとの章

祭りのあと①

 一体自分は何故、こんな場所にいるのだろう?

 本来、思い出話に花を咲かせて、良い気持ちの状態で帰路に着くはずだった。

 同窓会とはそういうもんだろう。

 しかし、何がどうなってこうなった?

 樹はソファで寝そべり、鏡張りの天井を見ながら力なくそう思った。

 ベッドに目を向けると、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている天野陽子の姿が映る。


 こうなった経緯はこうだ。

 二次会が終わり、樹は店先でこの後どうするかを考えていた。

 確か、駅前には漫画喫茶があったはず。

 そこで一夜を過ごして朝一の新幹線で帰ろうと考えていると、敏哉が「樹、天野の事、よろしく」と言って、酩酊めいてい状態の陽子を樹に押し付けてきた。

 いやいやいやいや、おかしいだろう?

 そう思ったと同時に、女性陣が辺りにいない事に気付いた。敏哉に聞くと「旦那さんが迎えに来るみたいで、それぞれ待ち合わせ場所に向かって行った」という。

 腑に落ちない樹。そして透、彰、小田香織がいない事にも気付く。

 香織に関しては、ビジネスホテルに泊まって、明朝にでも帰るだろう。彰は実家に泊まって福島に帰るはずだ。何だったら彰が実家に帰るついでに、陽子の実家に連れて帰るのが得策なはず。

 それを彰は忘れているのか、それとも気が利かないのか。

 透もそうだ。透も地元で暮らしている。

 聞けば陽子の実家に近いと聞く。

 それなのに陽子を置いて、どこを見渡しても透の姿がない。

 再び敏哉に聞くと「中川先生達と一緒に帰っていった」という。

「だったら敏哉、お前も地元だろう? 送ってやってくれよ」

 しかし返ってきた言葉が、

「ごめん、明日俺、結婚記念日で、これから温泉街のホテルに向かわなきゃ行かんのよ。だから送る事が出来なくて。スマン!」

 と、手を合わせ謝られた。

 結果、樹と酩酊状態の陽子は置き去りにされてしまった。

「天野、起きろよ。帰るぞ。実家を教えろ」

 そう聞くが、陽子は聞いているのか聞いていないのか、分からないほどフラフラしている状態だ。

 何としてでも聞き出さなければならない。でないと真冬の深夜を外で迎えなければならなくなる。

 幾らアルコールで身体が火照ほてっているとはいえ、こんな年の瀬の時期で、風邪を引かれても困る。

 樹は考えた末、苦渋の選択としてタクシーを捕まえ、ラブホテル街に向かった。



 陽子をベッドに寝かせ、樹はコートをハンガーに掛け、ソファに寝そべる。

 これが今の現状。

 上手く出来すぎている。

 てのひらで踊らされている。

 だとするのならば、もう、決まっている。

 何となくではあるが、幸雄の仕業である事は分かってきた。

 あの意味深し気のあるLINEメッセージは、こういう事を示唆していたのか。

 そう思うと樹は、幸雄に対してはらわたが煮えくり返りそうだった。

 そういえば。

 樹は思い出していた。

 幸雄は人心掌握、人の心理につけ込む、相手を出し抜くのが驚くほど上手い事を。

 それは幸雄の良い所でもあり、悪い所でもある。

 昔から幸雄はクラスの中心人物だったが、それは幸雄の家庭環境で身に付いてしまった歪んだ性格。

 幸雄は心を開く事が出来ずに育った。

 その点では樹と同じなのだが、唯一違うのはその社交性を上手く身につけた事だった。

 それが開花したのが中学三年生。

 更に拍車をかけたのが高校時代だ。

 幸雄の高校の文化祭での事である。

 幸雄が部長になった部活の後輩達が、樹にこう溢した発言がある。

「樹先輩はいいですよね、幸雄先輩はウチらに物凄く気を使うんですよ。樹先輩と幸雄先輩を見ていると、その気遣いが一切ない事を痛感させられます。それってハッキリ言ってしまえば、俺達後輩を信じていないのと一緒ですよね? そう思うと何だかとても複雑です」

 そう言われた樹は一瞬戸惑い、後輩達をフォローしたのを覚えている。

 見抜ける奴には見抜けてしまう。だが大半の人間は、幸雄のその性格を見抜く事が出来ない。

 人海戦術、というべきなのか。

 でも見抜く奴がいるという事は、幸雄は完璧だと思っていても、詰めの甘い部分が出ている事は確かだ。

 それでも人の心をすぐに掌握しょうあくしてしまうのが、幸雄という人物なのである。

 その気になれば、社長に登りつめて『絶対に潰れない企業』を作れる事だって出来るはずだ。

 やり手の社長としてフューチャーされてもおかしくはない。

 だが幸雄には、そこまでの欲が無い。恐れているのだ。自分にも虐待をしてきた父親の血が受け継がれている事に。それに対して、戦々恐々としているのだ。

 もしそのいただきに登りつめてしまったら、誰かを傷付け、取り返しのつかない事になってしまうのではないかと。二人で飲んでいる時にそんな話をしていた。

 だがしかし。

 おそらく誰とまでは分からないが、同窓会に参加した何名かが幸雄に掌握され、上手い事そそのかされて、樹と陽子を二人だけにしたかったのではないか。

 勘ぐらずにはいられないが、元クラスメイト達をそんな目では見たくはない。

 帰ったら幸雄に説教するのが一番いいと、樹は結論付けた。

 だとしてもだ。

 ここからどうしたものか。陽子は気持ち良さそうに眠っている。

 アルコールが抜けきっていないのか、陽子の頬が赤く染まっている。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してテーブルに置かれているグラスに注ぐ。

 寝ている陽子を支えながら上体を起こし、「おい、少し水を飲め。でないと身体からアルコールが抜けないぞ」と、グラスを唇に近付ける。

 うーん、と言いながら少しばかり飲んだ。

 その瞬間、

「気持ち悪い」

 口を抑える陽子。

 樹は突然の事で慌てて辺りを見回し、傍にあったゴミ箱を見つけ、手に取って陽子の顔もとに持っていく。

 物の見事に吐き出す。

 これでもかというほどに。

 樹が持っていたゴミ箱の手元に吐瀉物としゃぶつが付く。

 部屋中に吐瀉物の匂いが充満する。

 密閉されているラブホテル内の一室は、完全に地獄絵図へと化した。

 樹は思った。

 一体、ホントに、何がどうなって、こうなった?

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