同窓会⑦

「久しぶりだよね、天野さん」

 敏哉の近況報告が始まる前に席を移動して、陽子の隣に座った幸雄。

久々の再会でありながら、同窓会が始まってから一言も会話をしていなかった。

「うん、久しぶりだね。元気にしてた?」

「そりゃあもう。一応さっきの近況報告じゃないけど、今の俺はあんな感じっスよ」

 幸雄はおどける様に言う。

 形は違えど、自営業の陽子からすれば羨ましく思えた。

 陽子は続ける。

「社長じゃないんだね」

「俺は上に立つ様な能力は持ってないよ。社長は大学時代の仲間がやってる。元々そいつと俺が言い出しっぺなんだよね。それに他の仲間が二、三人ついてきたって感じ」

「そうなんだ、何か凄いね。クラスメイトの中に経営者がいるなんて。さっきスマホで調べたんだけど、画像までアップされてるじゃん」

 陽子はスマホを幸雄に見せる。陽子の席の周りにいる皆も口々に、凄い、周りに自慢したいなど騒いでいた。

「あー、それはインタビュー記事のやつだ。しかもインタビューしてるのは樹だよ」

 そこにいた一同は驚きを隠せない。

「本田したって言ったでしょ? その時に雑誌には出せないけど、ネット記事になら出せるって事でオンライン雑誌でインタビュー受けたんだ。本のPRも兼ねてね」

「幸雄も凄いけど、樹も凄いんだね」

「あいつは凄いよ。だから今でも友達やっていられるし。あいつも同じ気持ちなんじゃないかな?」

 その言葉を聞いた陽子は、ちょっとした嫉妬心が生まれた気がした。

 陽子は今日来た女性陣の中で唯一独身だった。

 他の女子は皆結婚し、些細な問題があったとしても、それなりに幸せそうだ。

 しかし陽子の場合は違った。

 人並みの幸せとは程遠く、西山というケダモノに弄ばれているのが現実だ。

 こんな事を誰かに話すなど出来るはずがない。

 ほんの一瞬、陽子は中学時代を思い返した。

 樹に告白されたその後、陽子は幸雄に告白していた事を。

 陽子は幸雄の事が好きだった。

 それが理由でよく放課後に三人で教室に残っていたのだ。

 今考えれば、動機としては不純だと思う。

 言い方を変えれば、樹を利用してる様にも思える。そしてこう思う。

 私は、汚れている。

 笑顔を作っても、その気持ちは拭えない。

 同窓会に参加して気付いてしまった。

 いや、気付いていた事を再確認出来た、というのが正しいかもしれない。

 敏哉の長い、まとまりのない話が続いている。

 陽子は敏哉を見ながら、つい物耽ものふけってしまった。

「どうした?」

 幸雄が陽子の顔を覗き込む。屈託のない笑顔。この笑顔が陽子は本当に好きだった。

「ううん、何でもない。ていうか村上、ホントに何も変わらないね。スポーツは出来るけど話が長いのは何も変わってない。部活動はアイツ、男子バスケ部だったからさ。後輩達が説教長いって文句言ってたの、思い出したよ」

「女子バスケ部だったもんね。後輩からそう言われてちゃ問題だな。確か部長やってなかったけ?」

「そうそう、だから尚更だよ」

 幸雄と陽子はクスクス笑った。

 一生懸命、近況報告をする敏哉の姿が何だか滑稽に見えてきてしまい、思わず吹き出すにいられない。たまにこういう話を上手くまとめられない人間がいる。良い奴なんだけど話が長いという人物が必ずいる。

 その典型が敏哉でもある。

 しかし彼が声を掛けなければ、この同窓会だって実現しなかった訳だから、一応要所要所は聞き、どうでもいい部分は聞き流す。ここに参加している一同は多分そうしているだろう。

「ところで、天野さんは結婚してるの?」

 突然幸雄が陽子に尋ねてきた。あまりにも突然だった為、驚いてしまったがすぐに平静を装い、

「相手がいればいいんだけどねぇ」

 と返した。

 すると間髪入れずに、

「樹はどうだい?」

 幸雄は小声で陽子に耳打ちした。

 思わず「えっ!」と大きな声を上げてしまった。

「どうした? 何かあったか?」

 敏哉が話を中断し、こちらを向いて聞いてくる。

「いや、何でもないよ。続けて続けて」

 幸雄が敏哉にそう答えて促す。敏哉は再び長い話を始める。

「何で? 何で樹なのよ!」

 小声で幸雄に抗議する。

「えっ、あいつ、フリーだよ?」

「そうなの? あー、でも何となく分かる気がする。いつも仏頂面だから」

「仏頂面は余計でしょ。でも俺はお似合いだと思うよ。お互いフリーだったら、これを機に始めてみるのも良いんじゃない? それにその仏頂面を抜きにしたら見てくれは格好いいと思うし」

 話があまりにも飛躍しすぎて頭が追いついていかない。

 久々に再会した男子クラスメイトと付き合う? 考えられない。陽子は頭を抱える。

「ね? どう? 考えてみなよ。良い物件だと俺は思うけどなぁ。それにお互いに色々と知ってる事とかあるじゃん? よく放課後に残って喋ってたから、その辺は心配ないと思うんだけど」

 勝手に話が進んでいる。幸雄が何故ここまでして樹を薦めてくるのか、その心は計り知れない。

 そして陽子はある事に気付いた。

 もしかして幸雄に告白した事を、幸雄自身が忘れてる可能性があるという事を。

「アンタねぇ、私が告白した事自体、忘れたの?」

「告白? 樹が天野さんに告った事?」

 駄目だ、この男。完全に忘れている。

 陽子は溜息をつく。

「私がアンタにだよ」

 すると幸雄は少し考えて、

「あぁ、あったなぁ。そういえば」

 腕組みをし、目線を天井にやりながら答える幸雄。その姿を見て呆れるしかなかった。そして思い出した。幸雄は昔から少し、いい加減なところがある事を。

「でもさ」

 幸雄が口火を切る。

「確かあの時、俺、こう答えたと思う。『親友が好きな女子とは付き合えない』って」

 そうだ。

 陽子も思い出した。そう言われて振られたのだ。

 幸雄と樹の間にあるきずなは尋常じゃない。それは会話をしていても分かる。変な噂が立ってもおかしくないぐらいの絆。それが何なのかは陽子にも分からないが、確かに過去の幸雄はそう言って友情を優先した。

 そこまで考えると、ひとつの仮説が見えてくる。

 幸雄が友情を優先するぐらいの人物。

 それが川瀬樹。

 男性にしか分からない魅力でもあるのだろうかと。中学時代は幸雄と会話している時以外は周りにも目もくれず、ずっと読書をしている彼だった。しかも彼はいつも不機嫌な、仏頂面をしている。

 だから陽子、幸雄、樹の三人で会話する事はあっても、樹と二人で会話、というのはなかった。その逆で幸雄に対してはしょっちゅう絡んで話をしていたが。

 そして幸雄の言う通り、外見は昔から何ひとつ変わってなく、逆に若くも見える。悪くはない。

 そういえば中学二年ぐらいの時から、部活の後輩達の間で樹が話題になっていたのを思い出した。ファンクラブの様なものまで出来ていたような気がする。

 幸雄は当時、男女問わず人気があって異性として見る女子も多かったはずだ。陽子もそのひとりだった様に。

 だけどその影で後輩女子からの人気の高さは圧倒的に樹だったかもしれない。

 一度、部活の後輩女子の一人に樹のどこがいいのか? という質問をした事がある。

「怖い顔しているんですけど、凄く優しいんです。この間なんて階段から転んで怪我をして、動けなくなった友達を保健室まで運んでくれたんですよ。そこまでならまだしも、樹先輩は最後まで残ってくれて」

 そんな事を聞いたのを思い出す。今の言葉で言えば『ツンデレ』というやつだろうか。

 今更ながら、陽子は樹の今を知りたいと思った。中学時代の時とは違う、本当の意味で彼の事を知りたいと思ったのだった。

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