同窓会⑥
一時間は経っただろうか。敏哉が手を二回叩いて皆に合図をする。
「えー、皆さん。思い出話に花を咲かせているところ申し訳ないのですが、ここで参加された皆さんの近況報告をして頂きたいと思います。簡単で良いので、そうだなぁ…先生が座っている席の方から一人ずつ簡単にしてもらいましょうか」
中川の隣に座っていたには小山田藍子。
「えっ、私から?」
最初という事に戸惑う藍子。
「簡単でいいんで」
敏哉は笑顔で促す。
「それじゃあ」
藍子は立ち上がり、自分の近況を語り始めた。一人ひとり、話に聞き入る。そして次へ次へと交代していく。
この順番でいくと、樹の番はもうすぐだった。
面倒くさい。何だよ、近況報告って。
樹はひとり、心の中で愚痴った。
そして早くも樹の番になった。
樹は立ち上がり、口を開く。
「川瀬樹です。平野幸雄にこの会が開かれると聞き、参加させてもらいました。今やっている仕事は、フリーランスのライターです。以前は出版社に勤めていましたが、まぁ色々あって現在に至ります。何か調べて欲しい事があれば、その辺の探偵よりかは使えると思いますんで、調べて欲しい方は後ほど受け付けます。ただし、ちゃんと取るものは取りますんで」
と、淡々と仏頂面で指で親指と人差し指で円マークを作り、話し終え席に座る。
一同は彼のブラックジョークだと受け取り笑う。
だが意外と樹はその辺は本気だった。
取材を通して、色々と探偵まがいな
そして耕治が近況報告を始める。
しばらく交代しながら続き、幸雄の番になった。
幸雄が立ち上がると周りからヤジが飛ぶ。
幸雄はこのクラスで人気者だった。面白い奴として当時は男女関係なく人気があった。
樹は知っている。
幸雄には未だに明るく振舞っているが、暗い影を垣間見えている事を。
たとえ中学三年の時に生活環境が変わり、性格も変わり始めたといっても、根本の闇は変わらない。この辺に関しては樹と何も変わらない。
だがクラスの中心人物になりえる程の人気っぷりには、さすがの樹も当時は驚いたものだった。
だが今となっては、それはそれで良かったのかもしれないとも思っている。
「えー、平野幸雄です。中学三年の時に苗字が変わったの、皆覚えているかな?」
幸雄がそう言うと一同、ざわつく。
「えっ、平野は平野じゃなかったっけ?」
「変わったの? 知らなーい」
「あー、でも変わった様な、変わってない様な」
などざわつき始める。
「まぁ、別にいいや。前は山路だったんですけど、中学三年の途中かな? 平野に変わったんですよ」
ざわつきが止まらない。どうやら皆、あまり記憶に残っていないらしい。
「覚えていなければそれでもいいや。樹を誘って参加させてもらいました」
ここまで言うと、更にざわつき始めた。
「樹と来たって? やっぱり…」
「あぁ、二人が実は付き合ってたって」
「まぁ、今じゃそういう事を隠す時代でもないしね」
何か誤解が生まれつつあった。
「あーっと! 樹とは友達です! 今でも連絡取り合ったり、飲みに行ったりしている間柄。皆さん、何か誤解されている様ですが。今は結婚して子供が三人います。仕事は大学在学中に立ち上げたデザイン事務所で技術責任者兼副社長してます。一応、本も出版させてもらってます。良かったら買ってね」
幸雄はあらかた話し終えると、そのまま席に座った。
「本、出してるの?」
「マジで?」
「買う買う! 出版元どこ?」
更にざわつき始めた。それをすぐに収めたのは樹だった。
「買わない方がいいよ。完全に専門書だし。それに共同出版だからね、アイツ一人の著書じゃないから。オレも企画段階から参加していたけど、何が何だかサッパリだったし。専門用語が飛び交ってさ」
「ちょっと待て。樹、まさか」
敏哉が聞く。
「そ。オレが前にいた出版社から出てる。出版部数じは専門書部門では普通の売れ行きだったんじゃないかな。だからオレら素人が読んでも分からねえよ」
樹は焼き鳥を頬張りながら言う。
「樹! 余計な事言うなよ! せっかく宣伝したのに!」
「だってホント事だろう。それに今じゃ書店にも並んでもいねえじゃねえか」
「た、確かに…」
そんなやり取りもありながら、次々と近況報告は続き、そして天野陽子の番になった。
「皆、久しぶり! 天野陽子です。現在はH市で自営業でマッサージ店を開いています。まだ開店して日が浅いですが、固定客も付き始めていい感じに軌道に乗りつつある状態です。それぐらいかな?以上です」
普通の近況報告。
しかし皆、気付いていない様子だったが、ただひとりだけ、何かが変だな、と思った。
川瀬樹である。
彼はフリーライターである。言葉の
特におかしな点は無いようにみえる近況報告。
だが『開店して日が浅い』と言ったのに何故『良かったら皆さんも来て下さい』と自分の店の宣伝をしなかったのだろう、と。
何かが、ある。
樹は幸雄の方に目をやる。
幸雄は彰と何かを話しながら笑っている。
全く陽子の近況報告を聞いていない気がした。
あのバカ。
樹は普通にそう思ってしまった。陽子とはよく放課後、三人で教室に残って下校時間ギリギリまで、会話に夢中になったぐらいの仲である。
変なところで抜けているのが、幸雄の性格でもある。それが目前で発動している。
樹は自分が思った事を、幸雄に話そうと思ったが、これは無駄だなと諦めた。
それぞれの近況報告が終わり、敏哉が最後の報告者になった。
因みに村上敏哉は、昔から話が長い。
樹は立ち上がり、部屋から出ようとする。
「あれ? どこ行くの? オレの近況報告が終わっていないんだけど」
樹は敏哉の肩に叩き、
「悪ぃ、ヤニ切れ。我慢出来ないから吸ってくる。オレに構わず続けて」
「付き合うぜ」
と、透も立ち上がり二人で部屋を出て、喫煙室に向かった。
喫煙室に入って、さっそく二人共、煙草に火を点ける。
「あいつ、自分じゃ気付いてないけど話が長いんだよな。まとまりが無いっていうかさ」
透は呆れていた。確かに話をまとめるのが下手くそなのが敏哉だ。
その敏哉がこの会の幹事。よく務める事が出来たもんだと樹は感心する。
「まぁ、悪いヤツじゃないけどな」
「そう、悪いヤツじゃないんだよ。だから余計に、ね」
要は『見ててムカつく』、という事なんだろう、と樹は解釈した。
「樹が煙草吸うって言ってくれて、正直助かったぜ」
「何だか連れションみたいだな」
二人でゲラゲラと笑う。
透と樹は中学時代は、そこまで仲良くなかった。今の今まで、まともに話す事もなかった。それだけお互いに、歳を重ねたという事なのだろう。
煙草を吸いながら二人の会話は弾む。
「そういえば今日、前原来なかったな。透はアイツと仲良かっただろ? 前原は元気にしているのか?」
何気に樹が口にする。
前原健太郎。
透とは部活繫がりで仲が良かった。よく透は健太郎と、教室で悪戯ばかりして中川によく怒られていたのを樹は思い返す。あの悪友はどうしているんだろう? という素朴な疑問からだった。
しかし、彼の名前を口にした途端、透の表情が曇り始めた。樹は何かマズい事でも言っただろうか、とたった今の発言を回想する。
「健太郎は…死んだよ」
「えっ? 死んだ?」
「あぁ、去年亡くなった。皆は知らないと思う。知っているのは俺だけだ」
「どうして? 聞いても大丈夫か?」
すると透はゆっくりと語り始めた。
透と健太郎は中学卒業後、同じ工業高校に進学した。卒業して別々の企業に就職はしたけれど、頻繁に会って遊びに行ったり、飲みに行ったりしていたらしい。
「五年前の話だ。健太郎が出世してな、大学出てないけど課長になれたんだよ。三十四にしてスピード出世だ。今まで技術職人の仕事しか知らない男が、現場しか知らないのにいきなりデスクワークの仕事に就いたんだ」
「ホントにスピード出世だな」
「あぁ、ところがそこからだ。あいつの様子がおかしくなったのは。後から聞いた話なんだけどな、健太郎の同期と俺って、健太郎を通じて知り合いになったんだけど、そいつから聞いた話では相当な嫌がらせ行為を食らっていたみたいだ。おそらくだけど、大学も出ていない、ただの工業高校出身っていうだけで、課長になったあいつに年上の部下達に嫌がらせされてたんじゃないかって。そういうやっかみがあったと思ってもおかしくはないと思えるんだ。パワハラっていうのか、そういうのは。それが続いたんじゃないかって思うんだ。でなきゃあんな風に変わる事はないよ」
「あんな風に?」
樹は紫煙を上に吹き上げる。
「あぁ、
溜息交じりに、吸った煙草の煙を吐き出す透。
樹は紫煙が煙る中で、ただ黙って透の話に耳を傾ける。
「そこまでだったらいいさ、そこまでだったら。問題はそんな状態になったというのに、休職届が受理されず、残業も殆どサービスだったって。課長になった途端にブラック企業に変わるなんて聞いた事もねぇ。それでもあいつは会社に行き続けた。完全に社畜だよ。それで結局、心が折れちまったのかもしれねぇ。遺書も残さず、自宅で首を括った」
しばらく沈黙が続いた。
樹は何と言葉を返したらいいのか分からない、という事は一切考えていなかった。
もしそれが本当であれば、調べる必要がある。人ひとり死んでいるのだ。
「透、健太郎の親御さんはどうしている? というか何か他に進展らしきものはなかったのか?」
突然、違った角度から質問してきた樹に驚く透。
透は考え込んだ。すると「あっ」と小さい声を出し、何かを思い出した。
「いや、待てよ。そういえば健太郎の葬儀が終わって遺品の整理をしていたら、通帳が出てきたって言ってた。口座解約した時に、最後の入金がとんでもない金額だったらしい。しかもそれが健太郎が勤めていた会社名義で、みたいな事を言っていたような…」
「まさかそれ、親御さん、受け取ったりしてないよな?」
「そこまでは知らない。だってそこまでは首突っ込めないだろう?」
透の言う通りだった。苦虫を噛み締める様な気分だった。
おそらく健太郎の両親は、気付かずに受け取ってしまっているだろう。
これは完全に口止め料だ。
しかも手口が悪質だ。
これでは健太郎が浮かばれない。
樹はそんなに健太郎と特別に仲が良かった訳でもないがそう思った。
だが透は、
「なぁ、健太郎の事は聞かれるまでは秘密にしないか? 出来れば今も何処かで元気にやってるって事にしたいんだ。中川先生だって自分の教え子が自殺したなんて聞いたら、きっとショックを受けると思うんだ。だからお願いだ。今聞いた事を誰にも言わないでほしい」
と、懇願した。
樹は透のその気持ちを、幸雄と重ねた。
透と健太郎にも、オレ達の様な関係が出来ていたんだな。もし自分が同じ状況で会ったら、透と同じ事をしていたかもしれない。
樹は何も言わず、ただ黙って頷き、
「大丈夫、誰にも言わない」
としか言えなかった。
そして喫煙室を出て、再び部屋に戻れば普通に振る舞う。
そういう光景が樹の脳裏に浮かんだ。
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