同窓会⑤

「集まってんなぁ」

 透は大広間に入ると、さっきまでより同窓生が増えている事に驚いた。

 そして二つのグループに分かれていた。

 一つは中川を中心に集まるグループ。

 もう一つは幸雄を中心に集まっているグループ。

「ホント、変わらねえ人気だな。ゆっきーは」

 透は呆気に取られる。

 樹はその光景を眺めながら、幸雄の人柄に改めて羨ましく思った。樹とは全く正反対の性格をしているが馬が合う。

 ただし一つだけ違うとするなら、この『誰とでも仲良くなれる』という事だ。

 幸雄の目の奥には影がない。ただ、しっかりと相手を見て話す。そうするといつの間にか、仲良くなってしまう。格闘技やアスリートなどに例えたら、それこそ達人と言っても過言ではないだろう。

 これがあるから、人の上に立つ経営者というポジションに居られるんだろう、と樹は思った。

「川瀬やん、その仏頂面、川瀬やろ?」

 聞き慣れない関西弁。

 呼ぶ方へ振り向くと、そこには小田もとい澤村香織が笑顔で立っていた。

「あ、何だ。小田さんか。いや、澤村さんって言った方が良いのかな?」

「小田でええよ、久しぶりやなぁ」

 香織は変わらず、おっとりした口調で答える。

「そうだけど、えげつないぐらいに関西弁だね」

「もう二十四年、関西におるからね。今は神戸におるんや」

「そうなんだ、神戸って何だか横浜に似てないか?」

「そう?」

「港町ってところも似てるし、外観がそう見えるのかな」

 二人がそんな話をしていると、敏哉がせきを切った様に、

「皆さん、集まりましたね。これで全員かな?」

 手に持ったメモ帳で確認しながら、人数を数えていく。

「うん、集まりましたね。それじゃあこれからクラス会を始めたいんですけど、席は適当に座って下さい。特に決めてないんで」

 その言葉通りにそれぞれ適当に席に着く。

 幸雄は中川の前に座った。その隣には彰が座る。彰と幸雄は中学三年から仲良くなり、彰の方が幸雄に絡んでいったのが今となっては懐かしい。

 樹は瀬野耕治こうじの隣に座った。

「久しぶりだね、樹君」

「お、おう、久しぶり」

 特に接点がなかった二人だから、これ以上の会話が進まなかった。

 ただ覚えているのは、耕治は非常に絵が上手だった事ぐらいだった。

 漫画とかイラストの類ではない。

 美術の授業で彼の絵を見た事があった。色彩の扱い方が繊細で、かつ水彩絵の具の使い方が他のクラスメイトとは違っていた。

 それはどの絵も一緒だった。

 目を奪われてしまうほどの、中学生が描いたとは思えないほどの完成度だったのを覚えている。

 本当に上手いっていうのは、こういう大人しい性格のヤツが持っているんだろうなぁ、と当時は勝手に思っていた。

「ゆっきー、変わらないねぇ」

 中川の隣に座っている小山田藍子が幸雄に語りかけている。

「そうかぁ? でも太っちゃって太っちゃって」

 笑い声。

 こんな温かい空間に触れるのも久しぶりだな、と樹は周りを見ながら思った。ここ最近は殺伐としていたから、余計にそう感じるのかもしれない。

 ドリンク、アルコール類もそれぞれ頼み、クラス会という名の同窓会が始まった。

「皆、飲み物、行き届いてます?」

 敏哉が確認する。

 それぞれジョッキやグラスを持って合図をする。

「それじゃあ、始めようと思うんですが、ここはひとつ、先生に乾杯をお願いしたいのですが」

 敏哉は中川の方を向いて笑顔で誘う。

 中川は困ったなぁと言いながらも、内心は嬉しそうに立ち上がった。

「それじゃ、村上がそう言うんで。えー、皆さん元気そうで何よりです。そもそもこの会を開こうと持ち掛けてきたのは、村上なんです」

 少しだけ、一同がどよめいた。

「実は私、教頭になって君達が通っていた中学に再び戻ってきまして」

 一同、知ってはいたがそれぞれ中川に対して拍手を送る。

「ありがとう。えー、するとですね、村上のお子さんや宮下、市来、森山のお子さんもウチの中学の生徒だったんです。特に村上のお子さんは私が教頭に着任する時に入学しまして。そこでこれも何かの縁だから、いつかこういう集まりをしようと四月から企画していたんですね。そして年末にはなりましたがようやく叶う事が出来ました。これからもこのような会が開かれる事を願っています。呼ばれたらいつでも駆け付けますんで。それじゃ、乾杯!」

「乾杯!」

 それぞれ乾杯する一同。

 幸雄はビールを飲み干す。

 すかさず藍子がグラスに注ぐ。訛り癖が直らないまま喋る彰に可笑しくて笑う未希、紗江子。

 二十四年経ったはずなのに、三年A組に一瞬にして戻った。

 どんなに時間ときが流れても、全員ではないが元クラスメイト達が集まると、やはりあの頃の、楽しかった学生時代に戻るのだ。

 幸雄は思った。

 自分の中学校生活は、波乱万丈な事がプライベートで起こっていたけれど、学校に行けば樹や彰達いたから、嫌な事なんてすぐに忘れる事が出来た。俺は本当にこのクラスが大好きだ。

「ところでゆっきーは今、何してんだぁ?」

 彰がきつい訛りで質問する。

「俺? 一応デザイン関係やってるよ。お前は?」

「オラは観光バス会社に勤めてんだぁ。前の会社が倒産してよぉ、無職になったオラを、先に辞めた同僚が福島から誘ってくれたっけ、そこで今世話になってんだぁ」

「福島の下りはさっき樹が言っていたよね。ていうか、本当にひどい訛りだね。樹の言う通りだ」

「樹もオラが青森で働いてた時に連絡くれたっけ。取材がどうとか、安く泊まれるホテル、民宿を教えろ、みたいな事を聞かれたっけ」

 彰は一気にビールを飲み干す。

「その時はまだ、出版社勤めだったみたいだったけんどなぁ」

「えっ? じゃあ、フリーになった事も知ってるの?」

「そりゃ知ってるよぉ。ホント、たまにしか連絡よこさねっけどな」

 意外だった。

 樹が彰と連絡を取り合っている事に。

 実は樹と彰は中学時代は中々馬が合わなかった。例えば樹が白、と言えば彰は黒、という典型的な形。しばしば口論になる事もあった。

 成人してお互い丸くなったのだろう、連絡を取り合っているという事は。

 しかし彰のこの独特な訛りを、樹が聞き分けられる事も不思議に思った。

 対して、幸雄とは離れた席に座っている樹は、いつもの仏頂面でジンジャーエールを飲んでいた。

「本当に変わらないよね、その仏頂面」

 話しかけてきたのは、目の前に座っている京野あさみだった。現在は結婚して箕島姓である。その隣には小田香織が座っている。

「お酒、飲まへんの?」

「今はちょっと禁酒中。幸雄に止められている」

「変わらず、仲が良いんだね」

 樹の隣に座っている耕治が笑顔を返す。

 あさみが思い出したかの様に、急に前のめりに樹を見る。

「そういえばさ、一回、噂になったよね。二人が出来てるんじゃないかって」

「そういえばそんな事もあったなぁ。一時それで噂が持ちきりになったんやで」

 樹は同窓会に来れば、この事を必ず言われるんじゃないかと危惧はしていた。そしてそれをからかわれる事を。

まさかこの二人に言われるとは思わなかった。

「でもそれって誤解だったじゃん? あれってどこから噂が立ったんだろうね?」

 被せる様に耕治が話に割って入った。

「そういえば…」

「ホンマ、どっから出て来たんやろ?」

 二人が首を傾げている間に、樹は小声で耕治に「悪い、サンキューな」と伝えた。耕治は笑顔で返す。

 そして樹はあさみに向かってこう言った。

「実はさ、オレ、京野さん苦手だったんだよね。いや、苦手じゃないな。怖い印象しかないんだよね」

「えっ! アタシ?」

 樹は悪戯っぽく笑い、

「中学校三年間、確か京野さんと同じクラスだったんだよね。それで英語の授業、これだけ言えば、思い出せるかな?」

 するとあさみは一気に顔が赤くなった。

「あー、ゴメン。アレはアタシが悪い! ホントに!」

「何があったん?」

 追い討ちをかける香織。

「確か英語の授業前だったと思うんだ。当時オレの隣の席が京野さんだったんだ。理由は忘れたけど、京野さんと口論になってね。チャイムが鳴った瞬間に『もう川瀬君とは口利かない!』って言ったんだよ。そしたらその日の授業が隣同士でリスニングヒアリングをするっていう。その時ぐらいはちゃんと答えてくれるだろうって思ったんだけど、本当に喋らないんだよ」

「えー!ホンマに? エグいやん!」

 香織は興味津々、あさみは顔真っ赤。

「それでトドメの一言。『川瀬君と口利かないって言ったでしょ』だってさ」

「イヤー! アレはホントにアタシが悪かった。ごめんね、あの時は」

「大丈夫だよ、全然気にしてないから」

 樹は手を横に振りながら、気にしていないアピールをする。

「まぁ、ただオレの頭の中に京野さん=怖い人って変換されて今も尚インプットされてるだけだから」

 樹は意地悪な表情でトドメを放った。

「ホントにやめてー!」

 樹達はゲラゲラと大笑いをした。

 こんな風に笑うのは、樹にとって本当に久しぶりの事だった。

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