同窓会④

 陽子と未希は『呑んだくれ』に着いて、幹事である村上敏哉、先に到着していた市来幹子と久々の再会を果たしていた。

 宴会用の大広間。その奥に担任である中川も座っていた。

「先生!」

 陽子と未希は久しぶりに再会した中川を前に、言葉に表せない気持ちが溢れていた。

 中川も成長した元生徒二人を見て「おぉ」と、驚きながらも喜びを隠せなかった。

「先生! 私、誰だか分かります?」

 未希が自分に指を差しながら聞く。

「んー? 誰だったけなぁ?」

「えー、ひどーい」

「冗談だよ。ちゃんと覚えているさ。森山だろう? それと天野。見違えちゃったよ。二人とも、元気そうだな」

 中川は二人の成長ぶりに笑顔で答える。

 そこへ藤枝あきらと幸雄、樹が入室してきた。さらに室内は盛り上がりをみせる。

「入り口で、どっかで見た事ある奴が突っ立ってんなぁって見たら、彰でやんの。時間になるまで入らなかったつもりらしいよ」

 幸雄は彰の肩を小突く。

「いやー、時間が早かったっけ、待ってたんさ。したら幸雄と樹が来たっけ、一緒に入ってさ」

 一同は固まった。

「お前、そんな喋り方だっけ?」

 敏哉が呆気にとられている。

「今オラ、福島に住んでるんよ。したら訛りが移っちゃって」

 彰は妙な訛りで当たり前の様に答える。

「福島だけじゃないだろ。静岡から始まって、岐阜、青森、それで今は福島、だろ?」

 突っ込みを入れる樹。

「何で知ってんの? 詳しいじゃん」

 幸雄が聞くと、

「皆、忘れたのか? コイツが進学した高校が、静岡の端っこだったろう。それから大学は岐阜の方で、就職してから青森の方に行って、そこの会社が倒産してから知り合いを通して、福島に移住したんだよ」

 一同は目が点になっていた。

 詳しすぎる。

 幸雄も樹の顔をまじまじと見る。

「何だよ」

「梅安こと彰、何でそこまで詳しいの?」

 すると溜息を吐いて、面倒くさそうに樹は説明した。

「オレがまだ出版社に勤めていた時に、取材で協力してもらった事があるんだよ。それキッカケでたまに連絡取り合ってんだよ」

「えっ? お前、記者なの?」

 幸雄と樹の背から声がした。振り返ると見覚えのある顔。梨田とおるが立っていた。

「おぉ!透、久しぶり! 相変わらずの色の濃さだな」

 透は元々肌が黒い。それを見ての幸雄の発言だった。

「うるせえな、お前こそ相変わらずの絡みづらさだな」

 幸雄と透が戯れ始める。

 そんな二人を尻目に、樹は元生徒達を懐かしく見ている中川の席に向かった。

「先生、お久しぶりです。川瀬樹です」

「おぉ、樹じゃないか。お前だけは外見がそのままで成長したなぁ」

「よく言われます、幸雄に」

「幸雄に? そうか、仲が良かったもんな」

 中川はそれ以上語らなかった。

 平野幸雄の家庭事情も知っていたし、その陰に川瀬樹が絡んでいた事も知っていた。

 中川は心残りがあった。

 それは『平野幸雄』が『山路幸雄』だった時に、幸雄の両親の離婚の際、樹が絡んでいる事を不思議に思った。生徒指導室に呼び出し、樹に詳細を聞き出していた。

 幸雄と樹の関係性を。

 幸雄の家庭は分かってはいたが、樹までもが虐待を受けていた事には驚愕した。

 家庭訪問をしても気付く事が出来なかった真実。すぐに樹を保護し、児童相談所に連絡をしなければと思った中川だが、この事実を口止めしてきたのは、なんと樹なのである。

「オレなら大丈夫だから。ただでさえ幸雄の事で大変なんだから。お願いします。高校生になれば、オレも自分で何とか出来るから」

 中川は今でも後悔している。

 児童相談所に連絡をしなかった自分に。

 幸雄は虐待から解放されたとしても、樹は続いているのだ。

 しかし、当の本人がやめてくれと懇願している。

 教師として経験が浅かった若かりし中川。

 その若さのせいもあるのか、樹のその懇願を飲んでしまった。

 先輩教師や教頭、校長に指示を仰ぐべきだった。

 しかしそれをせず、樹の言葉を信じて何も出来る事がなかった。

「樹、あの時は…」

 言いかけると、樹は手を目の前に出して、中川の言葉を遮った。

「よしましょうよ、せっかくの同窓会なんです。それに、ちゃんとこうやって先生の前にオレはいるじゃないですか」

 いつも仏頂面の樹が、中川に向かって微笑んだ。

 中川はその言葉だけで、自分の若気の至りの痞(つかえ)が取れた様な気がした。

 中川は思い出す。

 樹は幸雄の為に『苗字が変わっても、あまり問題を学校内で大きくしないで欲しい』という事。

『自分が虐待を受けている事を児童相談所に連絡、報告しないで欲しい事』を中学生でありながら、堂々とした態度で教師に懇願した事。

 前者は会議でも上がった事だから当たり前ではあるが、後者は中川自身の問題だ。

 あの若かった中川教師に言ってやりたい。お前が思うより、川瀬樹という生徒は、大人顔負けの強さと心がある、と。

「おい、樹。抜け駆けなんてズルいぞ」

 幸雄が二人の間に割り込んできた。

「先生、お久しぶりです!」

 元気な張りのある声で、まるで中学生に戻ったかの様に挨拶をする幸雄。

 樹はその場から離れ、急に煙草が吸いたくなり、灰皿を探すがどこのテーブルにも置いていない。

 おいおい、冗談じゃねえぞ。まさかここの店、もしかして。

 樹は敏哉に聞くと、

「あぁ、ここの店、完全分煙なんだって。もし煙草吸いたかったら、喫煙室がこの部屋出た、廊下奥の突き当りにあるってさ」

 樹の予感は的中した。

 最近では飲食店も完全分煙、もしくは禁煙が多い。溜息を吐く樹。

「サンキュ…」

 礼を言いかけると、樹の目に懐かしい姿が映った。

 天野陽子である。

 陽子は未希達と話をしていて、樹には気付いていない様子だった。

 樹はそそくさと廊下に出て、奥の喫煙室に向かった。

 懐から煙草を出すと同時に、誰かが入ってきた。

 梨田透だった。

「お前も早速、ヤニ切れか?」

 透が悪戯っぽく笑う。

「そういうお前もだろ?」

 二人は煙草に火を点ける。一息吸い、紫煙を吐き出す。この最初の一服が堪らない。

「分煙か。肩身が狭いよな、喫煙者にとっては」

 透が紫煙を吐きながら言う。

「仕方ねえよ、世の中がそうなっちまったんだから」

「でも流石に居酒屋で分煙はねえよ」

「それな」

「そういえば、ついさっき宮下さんと小田さんも来たぜ」

「小田さんってあの大阪に引っ越した?」

 そういえば澤村姓になっていたな、と樹はグループLINEの内容を思い出す。

「関西から参加だぜ? すげえんだな、ウチのクラスって。梅安だって福島だろ?」

「そりゃそうだろう。二十四年も経っていりゃあ、何があっても不思議じゃないよ。そういえば、透は今、何の仕事してんの?」

 透は紫煙を吐きながら、

「車の製造関係。今は係長やってる。意外と給料良いんだぜ」

 少し自慢げな透。

 するとすかさず樹が、

「給料がいい? って事はトラックの製造だな」

 と、完全に言い切った。

 透は一瞬呆気に取られた。しかしすぐに持ち直し、樹に切り返した。

「えっ? 何で分かんの? そこまで言っていないのに」

「簡単だよ、車の製造関係で今伸びているのは一般車じゃない。バスやトラック関係。しかもその手の製造に長けている会社が大きく分けて二社ある。トラックに関してはレンタルで貸し出す契約もある。そうすれば業績も伸びる、だろ?」

 そこまで言い切って、吸った煙草の紫煙を吐き出す。

 透は肩を落とす。

 何故なら全部当たっているからだ。

「相変わらず、変わってんなぁ。すげえ推理力だな。さすが本ばかり読んでた事あるな」

「中学の時のオレって、そんな印象か?」

「違うか? 多分、今日来る皆に聞けば口揃えて言うと思うぜ。樹は本を読んでいるイメージ強かったから」

 そうなんだ、と樹は思いもしなかった事実に多少戸惑った。

「もう吸い終わるか?」

「あ、あぁ」

「そろそろ行こう、みんなが揃う頃だろ。」

 透に促され、樹は煙草を灰皿に捨て、喫煙室を後にした。

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