同窓会③

「ところでお前、もう仕事納め?」

 行き交う人混みの中、進みながら樹は幸雄に尋ねる。

 もう年の瀬だ。少し気になってしまった。

「うん、まぁ、後は細かい仕事は在宅で出来るからね」

「他の企業とはやっぱり違うんだな、お前ん所の会社は。いいよなぁ」

 ところが幸雄はかぶりを振って、

「いいもんか。最近、ウチは買収騒ぎがあったんだ。言わなかったっけ?」

「えっ? そうだっけ?」

 樹は自分の記憶を辿る。

「あっ」

 確か買収がどうとか外資がどうとか、幸雄から酒の席で聞かされた様な記憶が蘇ってきた。

「あれは酔っぱらってて、記憶が少し曖昧だわ。飲む前に話してくれりゃいいのに」

「いや、てっきり覚えているかと」

「んで、どうなった? 見事に子会社化したとか?」

「それが流れたんだよ、買収する側の会社経営が傾いたとか。買収どころじゃなくなったみたいなんだけど、いきなり傾くって余程だよなぁ」

 そこまで聞くと、樹は確かに奇妙な話だなぁ、と思った。

「その外資系会社、後で教えろよ。もし何だったらオレが調べてやるよ」

 幸雄はまるで、豆鉄砲でも食らった様な表情をした。

「いいのか? もう関わってこないから、調べる事もないと思うんだけど」

「おいおい、オレの仕事を忘れんなよ。ライターだぜ? フリーだけど。金になりそうなネタじゃないか。お前がやめろって言っても調べて、記事になりそうだったら、馴染みの出版社に企画を出しに行くよ」

 幸雄は改めて思った。

 樹はフリーライターだ。

 気になる話や、ネタになりそうな情報、それが自分にとって有益をもたらすか、品定めをして記事にする。

 いくらフリーと言えどその行動力は、おそらく他のライターに比べたら、計り知れないものがある。

 と、勝手に幸雄は想像した。

「なぁ、まさかなんだけどさ」

「何だよ」

 思わず樹の肩を掴む幸雄。

「教えちゃったら、俺の名前、雑誌に載ったりしないだろうな?」

 すると樹は目を丸くして、その後大笑いをした

「何だよ、そんなに笑う事か?」

「いや、ごめんごめん。何でお前の名前を晒す必要があるんだよ。幸雄、本当に経営に携わっている会社員か? プライバシーってあるだろう? 本人の希望の有無がなければ、名前なんて晒せる訳ないだろう。会社も提供者も」

 腹を抱えて笑う樹。

 幸雄は急に恥ずかしくなってしまった。

 顔が熱くなるのを覚える。

 言われてみればそうだった。つい口を滑らせてしまった。

「いやー、こんな間の抜けた上司の下で働く社員達が可哀相になってくるな。天然にも程がある。いや、ド天然か」

 追い込む様に笑い続ける。

 樹は一度ツボにハマると容赦なく笑い、容赦なくツッコむ。

 幸雄は久しぶりにそれを、実感した気がした。

 同窓会前というのも関係しているのだろうか。

 何だか自分達がほんの少しだけ、この瞬間、中学生に戻った様な感覚に思えた。無邪気なあの頃に。

「なぁ、そんな事より場所、ちゃんと分ってるんだろうな?」

 幸雄は話を同窓会の会場となる居酒屋の場所に話を切り替えた。

「あ、あぁ。悪い悪い。会場ね。おしゃれ横丁を抜けた、左側のすぐの場所に看板が出てるって村上がメールで教えてくれた」

 自分達が通っている場所がおしゃれ横丁の一角だった。

「多分、大通りに出る所の事を言ってるんだと思うんだが」

 おしゃれ横丁に入るとすぐT字路に差し掛かる。

 ここを右に曲がればすぐ大通りなのだが、左に曲がると逆にシティホテルや、さらに奥に進むと飲み屋街になっている。おそらく左側ではない、と幸雄は思った。

 彼らがまだ未成年の時は、その飲み屋街はキャバクラや風俗の呼び込みが多く、あまり良い印象がなかった。そんな当時の事を幸雄は思い出しつつ、そのまま樹と右に曲がっていった。道なりに進んでいくとひらけてきた。

 大通りだ。年末と時間帯というのも相まって、人混みが都心ほどではないにしても、行き交う人々の数は多かった。

そのまま左手を向くと、確かにその居酒屋があった。

『呑んだくれ』という看板が点灯している。

「あれだろ」

 樹は指を差す。

「呑んだくれ……おぉ、あれだあれだ」

「よし、まだ早いけど行くか」

 向かおうとする樹を、幸雄がコートの袖を引っ張る。

「ちょいちょい。ここまで来てまだ時間は数十分ある」

「だから何だよ」

「少し辺りを探訪たんぼうしないか? この辺りは良く俺達の遊び場でもあったじゃん? どれだけ変わったのか、気にならないか?」

 言われてみれば、と樹も思った。

 彼らはもう地元に住んでいない。幸雄と樹の記憶はおそらく高校生ぐらいで止まっている。

 高校は別々だった。

 幸雄は私立、樹は県立だったが、よく待ち合わせをして、この近辺で遊び、ゲームセンターや映画館に行ったりしていた事を思い出す。

「どれだけ変わったか。確かにそうだな、気になるって言えば気になるな」

「んじゃ、この近辺を探索しようぜ」

 二人はそのまま『呑んだくれ』を通り過ぎて、大通りの奥へと歩き始めた。

「ゲーセンが美容院になってるよ」

「パチンコ屋が証券会社になってる」

「ここのデパート、潰れたんだ」

「おい、ドンキが出来てるぞ」

 時間の関係もあるが、足早に近辺を見渡して歩きながら出る言葉。

 二人はしばらく地元に帰らなかったというだけで、こんなにも変わってしまった事を懐かしく、そして少し寂しくも思った。

 自分達の『青春』が、時間とともに様変わりしていく事に。

 特に幸雄と樹がここに来ると、よく通っていたゲームセンターが潰れていたのには、ショックが隠せなかった。

 幸雄は仕方がないよなぁ、と思った。

 昨今のゲームセンター事情は、とても厳しいと聞く。幸雄と樹はアーケードゲームが当時から好きだった。勿論アーケードに限らずファミコンもやっていた。幸雄が母親に引き取られてから、樹が遊びに行けばよくファミコンをやっていた頃が懐かしい。

 それが今はコンシューマーゲームからスマホゲームへと移り変わり、ゲームセンターは生き残りに必死だと、ネット記事で読んだことがある。

「そろそろ行かないとヤバくないか?」

 樹に言われ、浸っていた思い出から目を覚まし、腕時計に目をやる幸雄。

「やっべ、本当だ! 急ごう!」

 二人は慌てて来た道をもどっていった。

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