涙が出ますわん。
「3回裏、ビクトリーズの攻撃は、9番ピッチャー、広元」
レッツゴー、レッツゴー、広元!
という掛け声がライトスタンドから響き始め、広元さんが2球目のボールを打ち返した。低めの変化球に上手く合わせたバッティング。
バットの先に当たった打球になったが、ピッチャーの足元を抜けたボールをショートが深くまで追いかけ、2塁ベースの真後ろで飛びついでキャッチした。
立ち上がって1塁へ投げようとしただけ、打った広元さんが全速力で駆け抜け、内野安打となった。
「1番、レフト、新井」
まさか広元さんがヒットを打つとは。ちょっと予想していませんでしたよ。
「さあ、バッターは1番に返って新井です。復帰してからここまで9打席ヒットがありません。打率も4割を切りまして、3割9分6厘です」
「しかしさっきの打席のセカンドゴロは、悪いバッティングではありませんでしたよ。そろそろ1本出る頃だと思いますねえ」
「ええ。先ほどは、アウトコースのボールを打ってのセカンドゴロ。復帰初戦、一昨日は、結果的に完封勝利を収めた神沢から3三振という新井でした」
「言い方がいいがどうか分かりませんけど、10日間休んで、復帰して最初の相手が神沢でしたから、ちょっと相手が悪かったですよねえ。もう少し、やり易い相手がよかったと思いますけども」
「10日間は、2軍の練習場で個人的にトレーニングをしていたという新井ですが………。これはドーピング違反を受けての連盟からの指示でしたから………。
例えば不調だったりとか、少しケガがあって2軍に行くというのとはまた違いますよね?」
「もちろん、そうだと思いますねえ。やってもいないドーピングの疑いを掛けられ、2軍の全体練習にも入れないという状況ですから。
本当に訳の分からん言いがかりで貴重な出場機会を奪われたわけですから、たまったもんじゃないですよ。結果的には正しい報道をされても、うわべの情報だけで、まだ新井君のことを追放しろという輩がいるわけですから、ふざけるなという話………」
「さあ!バッターボックスの新井、ランナー1塁という場面ですが、送りバントの構えをしています」
2点を追う3回裏の攻撃、ノーアウト1塁という場面だが、ベンチからのサインはない。
しかし俺は自分の判断で送りバントを実行しようと心に決めた。
構えをしても、半信半疑なフライヤーズの守備陣は、それほど前には出て来ていない。
ランナーであるピッチャーの広元さんでも、悠々2塁に進めるようなバントを狙ったが故、ピンクバットに当てたボールが1塁線を割ってしまうファウルバントになってしまった。
「おっと! キャッチャーが拾いにいきましたが、これはファウルボールになります。この場面で新井はバントしてきましたね。そういうサインがベンチから出たのでしょうか」
「どうでしょうかねえ。なんとなくですけど、今のは新井本人の判断でやったようには見えましたけどねえ。
この1塁ランナーが試合終盤の同点、逆転のランナーだったらまだ分かりますが、まだ3回ですし、ヒットがしばらく出ていないとはいえ、日本で1番打率のいい選手ですから。
ちょっとこの場面で送りバントをやらせるというのは、考えにくいですよねえ。ランナーもピッチャーの広元ですし」
「なるほど。さあ、2球目も新井は送りバントの構え。フライヤーズのサード、アレードが先ほどよりも少し前に出て参りました」
1球目のバントがファウルになり、2球目もそのままバントというのは、ちょっと味気ないし、ちらっ見たベンチで首脳陣のおじ様達が本当にバントすんの?
という表情を浮かべていたので、バントはしないことにした。
バントと見せかけて、打つやつ。
カンッ!
低めのボールにたいして軽打しただけという感覚だった。
打球は1、2塁間の真ん中。
ベースに着いていたファーストの選手は届かず、ゲッツーポジションのセカンドも途中から追うのを止めて、ライト前に転がった。
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