実況！！４割打者の新井さん ５

気分は西洋の街中を逃げ回るお姫様ですのよ。

岩田コーチからゴロは全部突っ込めと言われましたし、それなりに反応よく俺はスタートを切った。

打球は打ち損なった分、高く跳ね上がっているピッチャーが上手く捕球するか、バックアップしているサードが捌くか。

ピッチャーが変な方向に弾いたり、サードが処理してもどこかで１つ動作がスムーズにいかなければホームイン出来る可能性がワンチャンあるかなといった感覚。

しかし、さすがはプロのピッチャー。運動神経の良さを発揮したピッチャーがジャンプ１番、この打球を掴み取った。

着地して少しだけバランスを崩したその瞬間に、バッチリと目が合ってしまった。

まるでハイエナ。俺は羊。

三本間に挟まれた。

しかし簡単に、食われるわけにはいかない。俺は柴ちゃんと阿久津さんに向かって、俺の屍を越えてゆけと言わんばかりに、ぐるぐると右腕を回しながらキャッチャーから逃げる。

こういうランダンプレーの時は、追いかけて欲しい相手に顔を向けて走ると後を着いてきてくれる。

キャッチャーから背中を向けてダッシュして逃亡。ボールをもらったサードの選手にはスピードを緩めながら、顔をそちらに向けてホーム方向に走る。

するとサードの選手はすぐにボールを離さずに、俺を追いかけてきてくれる。

先の塁に追い詰めちゃいけないと分かっていても、追いかけてしまうのだ。

こんないいおケツをしていたら、なおさらね。

ピッチャーがバックホームして、マスクを投げ捨てたキャッチャーに追いかけられて、サードに追いかけさして、カバーにきたファーストに追いかけられ、今度は３塁ベースから、ショートの選手に追いかけてもらってと、もう十分な頃合い。

去年のファン感でもご紹介しましたように、この手の追いかっこはわりと得意である。現在首位をひた走る、機動力が高いチームの内野手が寄って集っても、俺のおケツを誰１人として触れることが出来ない。

柴ちゃんはとっくに３塁ベースにいて、お疲れ様、新井さん。みたいな顔をしているし、体力の限界だったので、最後はダンゴムシの気持ちになって、人工芝の上で丸くなって大人しくアウトになった。

俺の背中に優しくタッチしたキャッチャーが、突然素早い動作で２塁に投げた。

阿久津さんが１塁からやってきて、まだ２塁ベースの少し手前、慌てて足をベースに伸ばす。

「アウト！！」

キャッチャーから送球をもらった選手が阿久津さんの足に素早くタッチ。

２塁審判がアウトと判定した。

「よっしゃ、オッケー！」

「よく見てた、ナイス、ナイス！」

「もうけ、もうけ！」

グラウンド上、呆然と立ち尽くす、柴ちゃんと岩田コーチ、次打者の赤ちゃん。

そして十分な時間があったのに、まだ２塁に到達出来ていなかった阿久津さんは、この直後に交代させられてしまった。

試合はそんなこともあり、１点差で敗れてしまい、俺も結局４打数でノーヒット。

打率もついに４割を切ってしまいまして、非常にまずい状況になってしまった。そういうわけで試合後、室内練習場で自主練をやりに来たのだが………。

そこでは途中交代させられてしまった阿久津キャプテン様が、ティーバッティングを行っていたのだが、あまり調子がよろしくない様子だった。

ガキッ！

ガスッ！

と、当たり損ないを連発していて……。

「くそっ！！」

などと、声を荒げるようにしながら、地面に落ちていたボールをバットでぶっ叩いていたのだ。

そんな荒れ狂うキャプテンに、俺は声を掛ける。

「ヘイヘイ、阿久津さん。そんなことするから、低めの変化球に手が出ちまうんすよ！」

キャプテンは立派な体をビクンとびくつかせながら、こっちを見た。

「……なんだ、新井か。カッコ悪いところを見られちまったな」

「なあに。そんなことで俺の評価は変わりませんよ」

と、皮肉混じりに返すと、阿久津さんは鼻で笑うようにしながら、俺が投げたタオルを受け取った。

「すまないな。せっかく新井の記録がかかっているのに、流れを悪くしちまってよ」

「ははっ！ 流れが悪いくらいで、４割打者は言い訳しませんよ」

「今は３割９分８厘だろ」

「そーでした、だから練習しに来たんでした。せっかくだから、一緒にティーバッティングやりましょうか。とりあえず３０球交代で」

「おう！ じゃあ、より調子が悪い俺からだな」

「もっとなんですかねえ。最近の阿久津さんは、少し踏み込みが弱いと言いますか、この時期ですから、疲れはあるでしょうけど。

やっぱりバッティングの調子がいい時の阿久津さんは、右方向に長打が出ますから、きっとそういうことだと思いますよ」

「なるほど。足の踏み込みか。……とりあえず３０球だから交代だな」

場所チェンジした俺は、阿久津さんのマスコットバットを借りることにした。

普段使っているピンクバットとは、可愛らしさが違う。バット先端に重心が効いていて、しっかり体を使っていかないと強いスイングは出来ない感覚だ。

５球、６球打ったところで、阿久津さんも俺にアドバイスする。

「少しバットが遠回りしているな。お前のいいところは、どんなボールでも上からコンパクトに叩けるところだ。バットに振り負けるな！ しっかり下半身も使え！」

「はいっ！！」

カキィ！！

「おっ、今のいいぞ！！ やれば出来るんだから、しっかり続けろ！」

そんな調子で、合わせて８タコだった右バッター２人の夜練は、しばらく続き、ある程度納得がいったところで取り止めて、クラブハウスに戻って着替え、駐車場に出た。

選手の車は、俺のイカルガと阿久津さんのベンツが止まっているだけ。

駐車場が物凄く広い。