あの、あっくん。……そろそろ。
「さあ、新井。そろそろ1本が欲しい。チームの勝利へ、打率4割へ。浮上の1本が欲しい新井です。現在の打率は4割飛んで3厘。1打席目は、ライトフライでした」
「まあ、右方向への意識というものはありましたけど、まだまだ状態はこれからという感じですよね。しかし、試合に出ている以上は結果ですから、なんとか食らいついていって欲しいですねえ」
1打席目は、簡単に打ち上げてしまいましたから、同じ失敗だけはしないようにしようという今日この頃。
初球はインコースのストレートが外れ、2球目は変化球が低めに外れた。
もしここをフォアボールでもいいから繋げれば、好調の柴ちゃんに打順を回せると思いながらも、そんな気持ちではいけないと気合いを入れ直す。
3球目。
真ん中からやや外よりのストレートを叩いた。
打球は1、2塁間へのゴロ。ファーストが追いかけてミットを伸ばす。
打球はグラブの土手に当たって、あさっての方向へ高く弾んだ。
「ああーっと! これを捕れません!打球はファウルグラウンドに大きく弾む!2塁ランナーの並木は一気に3塁を回る!セカンドがカバーしますが……バックホーム出来ません!
ホームイン!記録はファーストのエラー! エラーではありますが、ビクトリーズ1点を返しました!」
よしよしよし。
俺は判断のよい並木君の走塁を褒めるようにしながら手を叩く。
どうやら記録はファーストのエラー。そのエラーを犯した選手が可哀想に側にいるが、とりあえず1点返せたのはデカイ。
結局試合が始まってしまえば、自分のヒットがどうこうは二の次だ。
相手のミスに乗じてまずは同点に持ち込んでいきたい場面で、今日の柴ちゃんは頼りになる。
初球の膝元をきれいに打ち返し、その打球がライト線に入った。俺は打った瞬間からの全力疾走で2塁へ向かう。
少し膨らむようにしながら3塁ベースに近付く。
ライト線に抜けた打球。ゴーかストップか、早く、シジクレイ!シジマール!という気持ちだった。
そんな中、3塁ベースコーチの岩田さんは、迫り来る俺の動きに合わせるようにして、コーチャーボックスを大きく飛び出す。
ホームで突っ込むつもりで3塁を回って、1歩2歩進んだところで………。
「ストップ!ストーップ!戻れー!!」
と、指示が出た。
急いでブレーキを掛けて俺は3塁ベースに足を伸ばして振り返る。
その時ボールは、これ以上なくドンピシャでキャッチャーの胸元に返ってきたところ。突っ込んでいたら余裕でアウトだった。
「すまん。セカンドの体勢がちょっとでも悪かったら回すつもりだったんだ」
「分かってますって。ナイスジャッジ岩田さん。頼りにしてますよ」
俺はそう返して右手をグーにしてコーチに突き出した。
たまにはコーチおじさんも労ってあげないといけませんから、めんどくさいですわよ。
そして、ナイスバッティングをした柴ちゃんにも、俺は力強く握った拳を向けた。
柴ちゃんは2塁の審判おじさんにタイムを要求しながら俺に向かって拍手をして、アームガードを外しながら1塁ベンチに向かって手を上げた。
1アウトランナー2、3塁。
「いいか、新井。ゴロがいったらピッチャーゴロでも、野手の正面のゴロでもとにかく突っ込め。そしてバックホームされて、ランダンプレーになったらなるべく粘れよ。もう1回2、3塁に出来るようにとにかく粘って、出来れば最後はホームに近いところでアウトになれ」
「イエッサー!」
俺はそんな風に返事をしながら、閉め忘れていたズボンのチャックを堂々と上げた。
「3番、サード、阿久津」
「さあ、バッターボックスには阿久津です。ちょっとここ5試合、6試合ほどはバッティングの状態が悪いですが、ここはとにかく同点にまずは追い付いていきたいところですね」
「そうですね。なるべく目付けをベルト付近くらいにして、その高さのボールをセンター方向に打ち返したいですね。低めの変化球。この辺りに手を出してカウントを悪くしないことですねえ」
「さあ、ピッチャーセットポジションから第1球。…………低め変化球!あっと、空振り!バットが回ってしまいました。チェンジアップだったでしょうか」
初球。ギリワンバンしないくらいの高さの変化球に阿久津のバットは止まることはなかった。
なんとか途中で止めようとしたみたいだけど、明らかにバットのヘッドは返ってしまい、阿久津さんはしまったという表情でバットの先を叩いた。
明らかなボール球。それでストライクを取られてしまい、スタンドからため息が漏れた。
2球目はアウトコース高めのストレート。
ストライクかボールが微妙な高さではあったが、外野に飛ばそうとするならそれほど難しくないボールだった。
しかし、このボールに対しては阿久津さんのバットは出ず。ボールがキャッチャーミットに収まった瞬間、球審のストライクコールが炸裂。
それを聞いた阿久津さんは一瞬仰け反るような格好をして打席を外した。
確かに微妙な判定になってしまったが、初球のボール球に手を出してしまった時点で既に流れが悪い。きわどいコースに来れば、球審がストライクと言いやすい状況が出来上がってしまっていた。
2ストライクと追い込まれた後、外に際どく外れたストレートを見極めたが、なんとかしなければ、なにがなんでも同点にしなくてはという気持ちが見える阿久津さんには、バッターとしての怖さがなかった。
バッテリーの勝負球は初球と同じような低めのボールになるチェンジアップ。
阿久津さんは体勢を大きく崩しながらなんとかバットに当てるのが精一杯。
打球はピッチャーの左に弾んだ。
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