まあ、そういう起用にはなりますわよね。

「ギリセーフでしたよね!?」




「いやー、途中まではね。セカンドがめちゃめちゃいい送球しやがったからね。ちょっとでも左右にズレてたら、余裕でセーフだったけど」




丸山コーチが正直にそう言った通り、ヘッドスライディングしてベースに着いた俺の手とファーストミットにボールが収まったのはほぼ同時。



何回も見てるとむしろ、アウトなんじゃないかと思えてくるタイミングだった。



スタンドのお客さん達も同じような反応。



途中から、俺の洗練されたヘッドスライディングの美しさを楽しむ時間になりつつあった。







「アウト!」




バックネットから帰ってきた審判おじさんが覆った判定を下し、フライヤーズファンが大いに喜んだ。



俺はファーストの選手に腰をトントンされて労われながら潔く、コサックダンスで1塁ベンチに戻った。



ノーアウトランナー1塁が1アウトランナーなしとなり、続く阿久津さんは空振り三振。4番赤ちゃんはいい当たりのレフトフライに倒れ、試合は終了。



完全なライト前ヒットが極端な守備位置によりアウトにされ、俺の一世一代のバックホームがリクエストで覆ってセーフになりそれが決勝点。




そして最後まで相手エースを崩せずに、頑張ったのは柴ちゃんだけという完封負け。




今日はそういう試合でしたわ。






試合後。




全選手、全チームスタッフがミーティングルームに集められた。




「えー。知っている者もいると思うが、5位の横浜が勝利し、我々は負けた。つまりは最下位が確定したということだ」




5位横浜ベイエトワールズとのゲーム差が19だったり、20だったりを行ったり来たりという感じだったのだが、ついにゲーム差が残り試合数を越えてしまった。



つまりはもう、どんなに頑張っても5位すらムリ。残り試合数を全部100ー0で勝っても、シーズン終了までにポニテちゃんを口説き落とさない限り最下位ということだ。



つまり、今の俺にはムリ。




「明日になってからになると思うが、ある程度選手の入れ替えがあるだろう。とはいえ、応援してくれるファンがいる以上プロとしての自覚を持って、最後までベストを尽くそう」




萩山監督、滝原ヘッドコーチからそんなお言葉があり、ミーティングは解散となった。



わざわざ言われなくても分かる最下位確定という状況。なんだか暗いムード。



明日からは、記録がかかっている奴だったり、首脳陣がお試ししたい若手の選手なんかが優先的に起用されることになるだろう。





記録がかかっている奴。






つまりは明日から1番新井が爆誕するというわけだ。





誰かに言われたわけではないのだけれど。



そんな予感しかないのだ。






「続きまして、後攻の北関東ビクトリーズのスターティングメンバーを発表致します」



艶声お姉さまのアナウンスで、バックスクリーンにまるで優勝したかのような妄想PV的なものが流れまして、改めて空白の打順表が写し出される。




「1番、レフト、新井!」



そうご紹介された瞬間、ビクトリーズファンだけではなく、フライヤーズサイドの人達もざわめき、今日からはそういうことかと、感づくのであった。









「ビクトリーズの先発ピッチャーは、碧山!」




去年に並ぶ7勝目を挙げられるかどうか。同期入団のサウスポー。碧山君がマウンドに上がって、飄々と投球練習を開始する。




低めにピタンピタンといいコントロールを披露して1回表。



1番バッター。俺がまた規定打席割れで打撃ランキングから名前を消して、再打率トップに浮上したのは、打席に入った藤並君である。




1ボールからの2球目。




碧山が投じた緩いカーブを打つ。




快音残して打球は俺の目の前へ。





俺は前に5、6歩ダッシュをして、そのまま飛び込んだ。




人工芝の上で上手く体を滑らせながら、ボールはしっかりと左手のピンクグラブに収まっていた。



スタンドから拍手をもらいつつ、軽やかに立ち上がりながら赤ちゃんにボールをあげる。




「さすが新井さん、今年イチ!」




あぶねー!




こえー!






「1回ウラ。ビクトリーズの攻撃は、1番、レフト、新井」





ピンクバットをきゅっきゅっならすようにして握りながらバッターボックスに向かう。



いつもの2番ではなく、トップバッターとしての打席はなんだか不思議な感じ。




柴ちゃんかしっかりと凡退するのを見てから、よし!と気合いを入れていくわけだから、違和感が半端ない。





「さあ、これからビクトリーズの攻撃となるわけですが、今日は1番に新井が入る形を取ってきました、萩山監督です。どうですかね、大原さん。新井の1番というのは」




「まあ、少しでも多くの規定打席をということですけど。やっぱり1番バッターの出塁率というのは大切ですからね。特に初回の得点力というところにかなり関わってきますから、わりと私はありなんじゃないかと思いますね」




「なるほど。フライヤーズの先発ピッチャーは、小河です。今シーズンはここまで5勝4敗。オールスター前に1度離脱はありましたが、ここ2試合で13イニング3失点。勝ち負けは付いていませんが安定したピッチングをしています。



新井との対戦は……6打数3安打、1四死球。新井がよく打っています。さあ、初球です。真ん中低めストレート決まりました。1ストライク、初球を見てきました」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る