大丈夫、セーフなはず。
1点ビハインドで試合は6回。
ここまで柴ちゃん以外は、ちょっと手も足も出ないという状況ですから、まずは得点圏にランナーを進ませたいところではある。
3塁コーチおじさんからのサイン。帽子の鍔を摘まんだり、顎を触ったり、胸を触ったり、手を叩いたりといろいろやっているが、全部フェイク。
ノーサイン。ここは俺に任せてくれている。
しかし、マウンド上の神沢は、2度3度と、当然盗塁を目論む柴ちゃんに牽制を入れて自由にはさせない。
柴ちゃんから盗塁いけますのサインもない。
そうなると、2三振していますし、送りバントでもやったろかいと考えてみたが、それを警戒するようにサードの選手がジリジリと前に出て来ている。
となりますと、バントの構えからのヒッティングで、前に出てきたサードを強襲するような打球を狙ってみる。
神沢が4度目のセットポジション。
長い間合いから、速いボールを投げ込んできた。俺はタイミングを合わせるようにバントの構えからすっと短くバットを持ち替えて打ちにいく。
真ん中低めのストレート。
打てる。
狙いはサードの足元に速い打球。
そう狙い澄ましたスイングの先で、神沢の投げたボールが外に動いた。
カキッ!
打球はピッチャー返しとなり、センターへ。
バシッ。
センターへ抜ける前に、素早い反応で、神沢がグラブに俺の打球をしっかりと納めた。
「低め、ピッチャー返し!あーっと神沢がナイスキャッチ! 2塁に送球、フォースアウト!1塁にも送られましてダブルプレー!! いやー、新井は意表を突いたバスターを見せてきましたが、打球はピッチャーゴロでダブルプレー。ランナーがいなくなります」
「狙いは良かったと思いましたが、カットボールですかねえ。神沢の投げたボールは。スイングの感じとしては、前進してきたサードから三遊間を狙ったんだとは思いますけど。
外に逃げたカットボールを追いかけてしまいましたね、新井は当たりも決して悪くはなかったんですけども」
「なるほど。ここは神沢が低めにきっちりといいボールを投げ込んで、さらにはその後のフィールディングでも、しっかりとセカンドを経由してのダブルプレーを完成させました。
今日のようなピッチングが目立つ神沢ですが、こういったところの守備というのもしっかりこなすピッチャーですよねえ」
「もちろんそれも、いいピッチャーになるための大事な要素ですよ。今のピッチャーゴロを捕れないとなると、ノーアウトで1、2塁。……1、3塁という場面になるわけですからねえ。それが2アウトランナーなしですから、今日のような競った試合では特に大切になりますよ」
「9回裏、ビクトリーズの攻撃は、2番、レフト、新井」
気づけばもう9回。スコアは0ー1のまま。
うちは連城君が7回まで投げた後、奥田さんとロンパオが1イニングを抑えてここまで来たが、フライヤーズは神沢はまだマウンドに上がり続けていた。
これが3点差、4点差あれば、同じく7回辺りでお役御免となったかもしれないけど、現在首位のフライヤーズは今日明日勝てばいよいよ優勝へのマジックナンバーが点灯するというそんな状況。
逆にうちとしても、今日は負けられない試合なのだが、沢村賞候補の2年目右腕に正直手も足も出ない状況になっていた。
だからこそのこの回、それまでの3打席の傾向と対策を確かめながら俺は真っピンクなバットを握りしめて打席に入った。
まだ150キロを計測するストレート。キレ味抜群のスライダーをファウルにしながら、低めに誘ってきたフォークボールを見極めて、2ボール2ストライクからのストレートを打ち返した。
流し打ち。
1、2塁間。
いい当たり。
間を真っ二つにしつライト前に抜けるはずだったそのエリアにセカンドが回り込んでいた。
インフィールドラインの向こう側。
茶色の人工芝を大きく越えて緑色のところでダイビング。俺の今日1の打球をストップしていた。
走り込んだ勢い、ダイビングキャッチを成功させ、片足だけを立たせたような状態になりながら、セカンドの選手は送球動作に入った。
何がなんでもアウトにするぞという気迫を感じる。
止めてくれ!こっちはドーピングを疑われて、久々の試合なんじゃと、ヘッドスライディングをかました。
ボールを握った腕を下から無理やりぶん回した送球が、ファーストの選手が体を伸ばして1番キャッチしやすい高さとコースにくる。
ライト前みたいな位置からの処理では、さすがにセーフだろと思っていたが、ほぼ同時だった。
セカンドからのボールを捕球したファーストの選手とヘッドスライディング終わりの俺が同時に見上げる。
まるで餃子像のように固まっとタイミングを見ていた1塁審判おじさんが、口を大きく開けながら両腕を開いた。
よっしゃあっ!あぶねー!
と思いながら立ち上がると、歓声が上がっていたスタンドがざわめいており、フライヤーズの監督さんがベンチから出て来て、これくらいのおべんとばこ下さいと、球審にお願いしていた。
審判おじさん達がバックネットに消えていき、バックスクリーンにリプレイが写し出された。
俺はユニフォームに着いた土を払いながら、1塁コーチおじさんとスクリーンを見上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます