1人気を吐く柴様


「最後はインコース! これはストライク判定になりました!新井は見逃し三振!!2アウトです!! 変化球、変化球。続けたところで最後は内側のストレートでしたね、大原さん」




「もう最後のボールは本当にきわどい。どっちにも取れるようなギリギリのコースでしたねえ。今までそのボールをストライクにしていたかと言われると微妙でしたが。


神沢としてはフルカウントから最高のボールを投げましたよ。ボールの勢い、威力のようなものでストライクを勝ち取りましたね」




「バッターボックスには3番の阿久津が入ります。……阿久津もここ最近は少し数字を下げてしまっています。シーズンの前半は、打率を3割キープする時期もあったんですから、現在は打率2割5分というところも切ってしまっています」




「確かに最近の阿久津はあまり状態はよくありませんよねえ」




「どのようなところに変化があるのでしょうか」




「やはり、打席の中でボールを待てていないですよね。どのボールが来ても、バットが届く範囲なら慌ててバットを出してしまっているように見えますね。


スイングそのものだったり、ヒットにした時の打球はいいんですが、そのいいバッティングに出来る確率が下がっているのは、打席の中での立ち回りのようなものがよくないんですよ」





「阿久津もビクトリーズに来て2年目で、キャプテンという立場ですから、最下位のチームをまとめていかなければいけない選手ですからね。


それでも、もう少し肩の力を抜くといいますか、気楽にプレーすればいいんですけど。真面目なタイプの選手ですからね。そういう部分も込みで、これまでホームラン王や打点王というのを獲得してきましたしね」




「プロ野球で長く戦うのは、そういったメンタル的な部分が大切なんですね」





「もちろんそうですね。入団してからの5年間は、若さや体力で何でも出来ますし、さらにそこからの5年は心身共に充実してチームの中心になり、10年を迎えてからは養った技術で存在感を発揮する。そうやってやっと、15年戦えると私は考えてやっていましたからねえ」




「大原さんは、現役で16年やってらっしゃいましたからね」




「まあ、最後の1年はおまけみたいなものでしたよ。膝も肩もボロボロでね。とてもスタメンで出れる状態ではありませんでした。それでも、若い選手達に自分が学んだことを伝えるというのはやりましたね。


私も若い頃は色々教わりましたから。そういう形で技術だったり、経験というのを繋いでいくのも大切ですよ。


もちろん阿久津はまだまだそれをやって、満足して老け込むような選手ではないですけれども」







「なるほど。カウントは1ボール1ストライクからの3球目。ストレート!ファウルボールです」




阿久津さんが打ったボールはそこそこいい感じのライナーで1塁側のスタンドに飛び込んでいった。



コースはほぼど真ん中。正直、失投。それをファウルにしてしまってはというボール。



さすがの神沢も、マウンド上であぶねーと呟きながら、もらったボールを手で捏ねていた。





2三振したから偉そうに言うわけじゃないけど、こういうピッチャー相手の打ち損じ。相手を助けるようなバッティングは致命的である。




同じような甘いボールは2度と来ない。






神沢はその失投をもバッターを仕留めるためにしっかりとする利用する。真ん中低めから落ちるフォークボール。



また同じ球なら今度こそと一瞬でも頭によぎった阿久津さんのバットは簡単に空を切った。




膝を着くような姿で三振した阿久津さんは、バットを地面に向かって叩きつけようとして、その寸前で手を止めた。




柴ちゃんにツーベースこそ打たれはしたが、そこからは連続三振でピンチを凌いだフライヤーズバッテリー。




三振しないが取り柄の俺と、ここにきて大ブレーキとなっているキャプテンの悔しがる姿に、ビクトリーズの反撃ムードは一気にしぼんでしまった。





そんな時になったりすると、この人は。





「叩きつけた打球になりました! 高く弾んだ、ショートの右! 柴崎はもちろん俊足だ!ショートが回り込んで1塁へ!………セーフだ! 柴崎、速い! 内野安打! これで本日猛打賞!!神沢から3安打、躍動します!」




「粘って、粘って。最後もインコースの難しいストレートでしたけれども……。これは柴崎の粘り勝ちという感じですね」




「打球の飛んだコースも、2塁ベース際。ショートの仲島もいっぱいいっぱいのプレーだったでしょうか」




「普通の足の速さのバッターなら余裕でアウトに出来るところではありましたけどねえ。柴崎ではちょっとアウトにするのは無理です。やはり、足が速いというのは得ですよ、本当に」





「今日もまたいいピッチングを見せている神沢相手に猛打賞という形になりまして、ノーアウトランナー1塁で新井が打席に入ります」



「今日の新井は、神沢相手に、空振り三振と見逃し三振。非常に三振が少ない新井なんですが、前回対戦でも神沢の前に三振を喫している新井です。


通算の対戦成績でも、ある程度対戦している東日本リーグのピッチャーの中では、唯一新井を2割台に押さえている神沢です」





「ピッチャーはたくさんいるわけですから、苦手なピッチャーも出てくるでしょうけど、神沢の場合は、とにかく新井には打たれないようにとこだわっていますからね。


ここまでの対戦では、神沢のそういう姿勢が上回っている形ですねえ。同じ年の入団、新人王を争った仲。こいつだけには負けないという意地を感じますよ」


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