左バッター達よ、意地を見せて下さいまし!
「空振り三振!! 高めのストレート、バットが出てしまいました阿久津。この3連戦もヒットは出ませんでした! 2アウトです」
俺のお膳立てが報われることはなく、阿久津さんはご覧のように三振に終わった。最後は高めの釣り球に引っ掛かってしまいましたからね。ちょっと状態が良くないのは明らかだ。
逆に状態が上がってきているのは4番の赤ちゃん。
今シーズンはここまで打率2割4分6厘ホームラン12本という、去年と同じような成績であるが、逆方向への意識。ミートを意識したバッティングというのが段々形になってきていた。
このスカイスターズとの3連戦では、チームを勝利に導くような打撃が出来ているわけではない。
しかし、要所要所で得点に繋がるフォアボールを選んでいる姿をみんな見ている。ある程度狙い球を絞りつつ、ポイントを近めにしてしっかりボールを見る間合いを作る。
そのおかげで、際どいボール球に手を出すことが減り、フォアボールを選ぶことが出来るようになってきた。簡単にアウトになる打席も減ってきたということでもある。
ベンチからそうしろと言われたわけではないだろうし、バッターとして気持ちのいいバッティングのやり方ではないけれど、勝利するため。
赤ちゃんにあるのはそんな考えのはずだ。
しかしここは4番バッターのバットで試合の行方を決める場面。これまで溜めに溜めてきたバッティングのフラストレーションを爆発させていい場面だ。
しかしそんな中でも、赤ちゃんの意識は逆方向にあった。無理やりに引っ張り込まないようしようという気持ちがあるから、膝元の変化球を2つ見極めることが出来た。
2ボールスタート。3球目はインコースに速いボールが決まり、4球目のワンバウンドも、出かけたバットをなんとか止めた形。
相手キャッチャーがプロテクターでボールを前に落としながらリクエストしたが、3塁審判は手を広げた。
これで3ボール1ストライク。5球目はほぼ真ん中だった。これ以上ないチャンスボール。そのボールをしっかりと引き付けて打ち返した打球は、センター後方に上がった。
スカイスターズのセンター、佐藤さんが打球から目を切りながら背走。やや左中間よりに流れながら、佐藤さんは俊足を飛ばす。そしてウォーニングゾーンに差し掛かった瞬間にジャンプ。
タイミングはバッチリだった。それでも赤ちゃんの打球は伸ばされたグラブの僅か上を抜け、フェンスダイレクト。そのボールが倒れ込む佐藤さんの体に当たり、右中間方向に勢いよく弾んだ。
左中間に上がった打球。フェンスに当たったボールは跳ねて右中間方向へ。2塁ランナーは3塁を回り、打った赤ちゃんも打球の方向を一瞬確認しながら、2塁を回ろうと大きく膨らむ。
よっしゃー!! 回れ、回れ!!
ベンチでは全員が立ち上がり、全員が口を大きく開けて、全員が腕をぐるんぐるんと回す。
赤ちゃんのバットを拾いながら杉井君がゆっくりホームイン。赤ちゃんもなかなかの俊足、2塁を勢いよく蹴る。
右中間のボールをカバーに入ったレフトと、左中間に上がったからカバーをサボっていたライトが慌てて追いかけている。
右中間のフェンスをちょうど沿うようにして転がるボールを拾ったのはライトの選手だった。
素手で拾い上げながら、体を反転させるようにして思い切りぶん投げる。
中継に入ったセカンドの頭を越えてしまったのを見ながら、岩田3塁コーチおじさんは一緒に走っていく勢いで右腕を回した。
ボールはセカンドの後ろにいた平柳君がショートバウンドで捕球しながら、素早いステップでバックホーム。
先にホームインした杉井がそのまま滑れ!あと何回も合図を出す。
ヘルメットを飛ばしながら、赤ちゃんがヘッドスライディング。
それと同時に返ってきたボールを掴んだキャッチャーが身を翻しながらタッチ。
タイミングはアウトっぽかった。
しかし、どちらのタッチが先が見極めようとする球審の足元にボールが転がり、4人の視線が同時に、そちらに向いた。
「セーフ、セーフ!!」
球審がマスクを持った腕を強く横に2回振った。
それとほぼ同時に、杉井君と赤ちゃんは飛び上がるようにしてバンザイをした後、抱き合うようにしながらベンチに戻ってくる。
あいつら気持ち悪いなあと思っていたのだが、気付いたら俺もネクストの輪っかのところまでダッシュして、2人の間に入り込むようにして抱っこされていた。
奇跡の逆転2ランとなるランニングホームラン。
「5番、ファースト、川田」
唖然とするスカイスターズ側。妙なざわつきとところどころにいるビクトリーズファンの喜ぶ声。
汗だくになり、アンツーカーにヘッドスライディングなんかしたから、顔まで土色に汚した赤ちゃんが興奮冷めやらぬという様子で、何度も色んな選手とハイタッチを交わしている。
「いやー、マジかよ」
「赤さん、やべーっすね!めっちゃいいバッティングでしたよ!」
「なー! もうちょいでオーバーフェンスだったもんなあ」
なんて柴ちゃんと話をしていたら…………。
カキィ!!
シェパードのとはまた違う、掬い上げ方。体をぐるんと強く回しながら、ヘッドを立てたバットを強く振り切り、打球は痛烈なライナーとなって、そのままポール際のライトスタンドに飛び込んでいった。
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