第42話

 纏愛が久しぶりに、俺のことを「先生」と呼んだ。

 それが正しいとか間違っているとか、そういうことではない。


 彼女は今、自分の出すべき答えに悩んでいる。そして伝える相手も、纏愛は迷っているのだ。


 自分の好きな人である「ミッチー」に訊くべきか、夢を叶え損ねた「満道先生」に訊くべきか。


 その段階から、彼女において、迷いが生じている。


 だからこそ、きちんと。

 ミッチーとして、教師として、俺として、満道光秀として。


 彼女に伝えなければならない。


「纏愛、一つ一つ、俺の気持ちをお前に伝えていくぞ」

「……」

「今から言うのは建前じゃない。俺の本音だ。だから、そのままの意味で捉えてほしい」

「……」


 泣き崩れる纏愛の両肩を掴み、俺は彼女に言い聞かす。

 目の前の生徒は、女の子は、ただただ頷いた。


「まずな。纏愛が産まれて来なきゃよかったなんて、誰一人も思っていない。確かに、お前との出会いは俺が考えたものとは違った」

「ほら、やっぱ邪魔し――」

「でもな纏愛! 俺はお前に会えて、良かったって思ってる」


 彼女の言葉を再び遮る。

 纏愛が、一瞬泣き止んだ。そんな気がした。


「お前と会えなかったら、もしかしたらカンタとも、再会できなかったかもしれない。それは夢葉さんも同じだ。いずれあの二人が、纏愛以外の子供を作って、その子がこの学校に入ったとしても――纏愛、俺はお前と出会えて、良かったって言えるし、そう思ってる」


 強い雨の音に、かき消されないように。

 彼女の耳に、記憶に、俺の言葉が残るように。


 一言を強く、一音を強く。

 カンタの時よりも、気持ちを強く。


「確かにお前は俺にとって生徒だ――いや、特別な生徒だ。カンタの娘とか関係なく、俺はお前とこの準備室で過ごして、すごく楽しかった。久しぶりにカレイのから揚げ食べることできたし、纏愛の作ってくれたハンバーグも、俺のために作ってくれたってだけで嬉しかった。だから、産まれて来なきゃ良かったなんて、言わないでくれ」


 鼻水を啜る音が、雨音と同じ大きさで、準備室に響く。

 彼女は涙を手で隠しながら、コクコクと頷いた。


「それに、自分の身体は大事にしてくれ。簡単に扱っていいものじゃない。それは、大切な人と一緒に生きていくために必要なものだ。だからもし、自分が死んじゃえばいいなんて一回でも思ったのなら、それは大間違いだ。赤点だ。そんなことしたら、カンタと夢葉さんが悲しむ。俺も、もしかしたら教師を辞めるかもしれない」

「――それは、だめ」

「だろ?」


 纏愛が、やっと返事をしてくれた。

 きちんと、伝わってくれている証拠だ。

 あと伝えるのは、俺の気持ち――。

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