第41話

 纏愛の問い。


 それは、俺との関係ではなく、「俺の夢を叶えられたか」という内容だった。俺の夢、というのは、教え子の子供が、生徒として入学してくれること。しかし、この話を纏愛に話したことがあっただろうか。


 記憶を遡る。

 だが、思い出せない。


「私ね。校長とカラオケ屋さんで揉めて、ミッチーに助けてもらった日に、カンちゃんから聞いたんだ。ミッチーの夢のこと」

「カンタか……」


 なるほど。道理で記憶にないはずだ。

 しかし、だからといってだ。


 纏愛がこの問いを出した意味が分からなかった。


 いや、正しくは。


 彼女の出生を辿り、纏愛の気持ちを考えれば、汲み取れる内容だ。纏愛がそう思ってもおかしくはない。


 だが、何故それを今ここで聞くのか。その理由が、俺にはわからなかった。

 彼女が気にしていること。それは――。

 纏愛が、俺の夢になってしまったことだ。


「ミッチーはさ、自分の教え子の子供が、自分の学校に入学してくれるのを夢にして、今まで先生をしていたんだよね? その夢の第一号が私だって、カンちゃんは笑ってた。でも私は、邪魔しちゃったんじゃないかって、ずっとそう思ってた」


 彼女の考えは、考察は、決して『考えすぎ』で片づけていいものではない。

 人の夢には、それほどの重みがある。


 それは、纏愛にも、夢があるから。

 誰よりも愛される人になりたいという、大きな夢が。


「そーいうのってさ、普通、感動的な出会いとかになるじゃん? でも、私たちはそーじゃなかった。入学初日に喧嘩しちゃうような問題児だったし」


 だからこそ、だからこそ。

 彼女は共感してしまったのだ。


 同じ、夢を持った人として。


「問題児だからさ。最初は色々と考えたんだよ? ミッチーと寝ればいいのかなとか、ミッチーが満足してくれるよーに振舞えばいいのかなって。そー思ってた」


 そんなことをしても、俺は喜ばない。

 これは口にしなくとも、彼女に伝わる。

 何故なら、纏愛は実際、エッチなことは禁止と断っているからだ。


「でも、ミッチーは問題児の私を、ちゃんと私として見てくれた。ミッチーからしてみれば、教師として私っていう生徒を見ていただけかもしれない。だけどそれがすごく嬉しかった」


 違う。


 でも、違うとも言えない。


 なんとも言えない感情が、俺の中で渦巻く。


 返事が、できない。


 だが彼女は気にせず、俺に訴える。


「夢の邪魔をした私を、ちゃんと受け入れてくれて、ちゃんと人として色んなことを教えてくれた。だからね、どーすればいいか、わからなくなっちゃった。ミッチーの夢の邪魔をしたのに、ミッチーのこと、好きになっちゃったんだもん」


 再度、纏愛は俺への気持ちを伝えた。

 そんなこと、そんなことない。

 俺はなにも、特別なことはしていない。

 そう思っていると。


「ミッチーは優しいからさ。私が夢の邪魔になんてなってないって、言ってくれると思う。でも、私が気になっちゃう。私が産まれてこなければ、こんなことにならなかったのかなって思った日も――」

「纏愛!」


 彼女のセリフを遮り、唐突に大声をあげてしまった。

 今の言葉だけは、我慢できなかった。


「……ごめんね。怒るよね。でも、ちゃんと伝えたいから、最後まで聞いてほしい」

「だけどお前…………」


 次、そんなことを言ったら。

 そう言おうとした。


 しかし、纏愛の目を見て、俺は言えなくなってしまった。

 必死に、涙を堪えている。

 さっきまで震えてなかった声が、震えていく。


「私が産まれてこなかったら、ミッチーの夢が叶うのはもっともっと先になってたと思うけど、でも、ちゃんとした感動を、味わえたでしょ? だから、なんで私だったんだろうって。なんで私が産まれちゃったんだろうって、悩んでた」


 そんな素振り、見せてこなかったじゃないか。

 そんなに悩んでたのを、俺は見抜けなかった。


 少し考えれば、わかりそうなものを。

 なぜ俺は、この子のルーツにある傷を、わかってあげられなかったんだ。


「でも、でもね。産まれてこなかったら、ミッチーに出会えなかったと思う。好きな人に、出会えなかったと思う。そう思ったら、どーしたらいいか、わからなくって……」


 ついに、纏愛の両目から、涙が溢れた。

 声は震え、息が荒くなる。

 言葉も詰まりつつ、俺に必死に、必死になって。

 伝えようとしている。


「……ミッチー、私、どーしたら、いい? 満道、先生……わた、しは、どーしたら、いいですか……?」

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