第36話
「違う……? 何がだ……?」
纏愛の部屋で、俺はカンタの怒号を受けた。
そして、『違う』と言われた。
何が違うっていうんだ。
今は一刻も早く、彼女を探しにいくべきだ。
それを、違う……?
「カンタ、お前自分の娘が行方不明なんだぞ」
「わーってるよ」
「なら今は纏愛を探すべきだ。お前の説教を聞いてる暇は――」
「いーや! ミッチー、ミッチーは何もわかってない。だから、ミッチーが今纏愛を探しに行っても、無駄なんだよ」
俺が彼女を探しに行っても、無駄……?
内心で、カンタの言葉をオウム返しで繰り返す。
全く以って、理解ができなかった。
「何を言いたいかわからないが、この大雨だぞ! 早く探さないと――」
「それじゃー意味ねーんだよ!」
「カンタ! どうしてわからないんだ! お前も大人になったはずだろ!」
「あーそーだ! どっかの誰かさんと違って、俺は大人になった!」
どっかの誰かさん。
この場合は、俺のことを指すのだろう。
だが、意味が分からなかった。
「お前が、俺より大人になった――そう言いたいのか」
「そー言ってんだ! だから、ミッチーに纏愛を探させるわけにはいかねーっつってんだよ!」
「わからん……なんでお前は、こんなにも時間を無駄にしているんだ? 今は纏愛を――」
「その纏愛の気持ちを、ミッチーが踏みにじってっから、探させねーって言ってんだよ!」
水掛け論。
十年前は、夏に。
十年後の今は、こんな非常事態に。
以前は、カンタの気持ちに気付いてやれなかったというもどかしさがあった。
しかし今回は、早くこの会話を終え、纏愛を探し出したいという焦燥感が先行している。
「ミッチーはさ、ちゃんと生徒の気持ちをわかろうとしてくれてて、だから、俺は十年経っても、ミッチーのこと信頼してるよ」
「だったらなんで――」
「纏愛に告られた時、自分が何を考えて、何を言ったのか、一回考えてみてくれよ! ミッチーなら、ちゃんとわかってたはずだって、俺は今も信じたいんだよ! だから、きちんと考えてくれ。ミッチーを信じさせてよ!」
必死に。
俺に何かを伝えようとするカンタ。
それは、もうお互い良い大人だから、言葉を簡単にしなくても伝わる、という、まさに彼が言っていた信頼の証なのだろう。
しかし、わからなかった。
カンタは何を伝えようとしているんだ。
俺が纏愛に告白された時の、俺の考え、そして俺の返事。
それを今考えたって、時間の無駄にしか思えなかった。
だったら、カンタを無理矢理に抑えてでも――。
無理矢理にでも……?
俺は、纏愛に何を言った?
俺は、纏愛に告白されて、何を思った?
頭を真っ白にして、ようやく返せた言葉が――『悪戯だろ』、と。
そして、なにより――。
「ミッチー、気づいた?」
カンタが声をかけてきた。
俺は瞬きをすることもできないまま、ただただ彼を見つめるしかなかった。
「纏愛はさ、ちゃんと、きちんとミッチーに告白したんだよ。でもミッチーは、それを教師と生徒っつー、つまんねー言い訳したんだよね?」
そうだ。
俺は、纏愛の視野が狭いと思ってそう言った。いや、思い込んで、そう言ったのだ。
「そーいうんじゃないだろ、ミッチー。纏愛が聞きたかったのは、教師と生徒としてじゃなくて、ミッチーとして、纏愛をどー思っているのか! それを聞きたくて、手紙書いて、勇気出して告白したんじゃねーのかよ!」
カンタの声が、部屋中に響いた。
俺は、なんてバカなんだろう。
纏愛は、本気だと言っていた。
そして、何度も俺に告白をしてくれた。
それなのに、俺は教師と生徒だから、という言い訳を使った。
俺の気持ちは、纏愛に伝えたか?
関係性を盾に使って、隠れていただけだ。
「……カンタ、俺は……」
そう言いかけて、ふと。
とあるものが目に入った。
纏愛の部屋の壁にかかっている、ハンガー。
そこに、見覚えのあるものがかかっていた。
しかし、あれは捨てたはず。
なのに、何故それがここにあるのか。
実験で汚れて捨てたはずの、俺のお気に入りだったネクタイが、纏愛の部屋にぶら下がっていた。
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