第35話

 雨は、やはり厄介だ。

 革靴で、何度転びそうになったか。


 俺は無我夢中で、纏愛を追おうと走る。


 しかし、彼女が見当たらない。どこに行ったかの検討もつかない。そこで俺は、纏愛の家――小鳥遊家を訪れることにした。

 可能性が高いものとして一番考えられるのが、真っ先に家に帰る、というものだった。傘もささず、びしょびしょになってしまったスーツ。


 肩で息をしつつも、俺は呼び鈴を鳴らした。

 何度も、何度も。


 すると、バタバタ、と音が聞こえてきた。


 纏愛が、来てくれたのだろうか。いや、彼女が素直に玄関に出るのはあり得ない。おそらく、夢葉さんだろう。


 しかし、扉を開けたのは――。


「うるせー! ピンポンピンポン、何回押せば気が済むんだー!」


 って、あれ、ミッチーだ。

 怒号の後で、カンタが俺を認識してくれた。


 全身雨で濡れている俺を見て、彼は訊く。


「どしたのミッチー」

「ぁ……はぁ、はぁ……」

「呼吸荒くなってるって。一回深呼吸でも――」

「悪い、邪魔するぞ」


 カンタの言葉を遮り、彼の肩をぐいっと引っ張って、俺は小鳥遊家の中へと入る。後ろから、カンタの声が聞こえた気がした。しかし、何を言っていたのかは、わからなかった。


 とにかく今は、纏愛を探さなければ。

 二階に上がる。一度カンタの部屋を覗くが、彼の部屋にはいなかった。


 ここからは、自力で探さないといけない。

 三階に上がり、ドアを一つ一つ開けていく。


 だが、見つからない。いや、見つけた。


 纏愛の部屋、と書かれたプレートを。


「纏愛!」


 しかし、彼女の姿はなかった。


「ミッチー! ほんと、どーしたんだよ!」

「……悪い、少し――じゃないな。まずい状況になってるんだ」


 そう言って事情を説明しようとする。


「待って。タオル持ってくるから、一回落ち着こう。今のミッチーは、多分冷静じゃないよ」


 カンタは下の階へと降りていく。

 確かに、彼の言う通り、俺は冷静じゃないかもしれない。


 だが、時間が解決する問題でもない。

 そんな気がしてならない。


 だからこそ、焦ってしまう。


「ほれ、一回拭いて」


 カンタがそう声をかけると、俺にバスタオルを渡してくれた。

 俺は大まかな部分の水を拭き取り、事情を説明した。



 事情を話し終える。

 カンタの表情が、曇る。


 それもそのはずだ。自分の娘がこんな悪天候で行方不明になっているのだから。しかも、信頼していてくれた俺が言い放った、失言が招いたこと。


 心配するのは当然だ。


 だからこそ、早く見つけ出さなければ。


 そう思っていた。


 なのに、カンタは。


「ミッチー……!」


 バン、と部屋の扉を叩いて。


 彼は、怒りの眼差しを向け、俺の道を阻んだ。


「ミッチー、それはちげーって!」

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