第34話

 レター型の封筒の表紙には、『ミッチーへ』と書かれていた。これはおそらく、俺が夢葉さんに告白したときのものを、模したものだろう。


 自分の気持ちを、相手に伝えるための手段として。


「……ミッチー、好きです」


 二度目の告白。

 俺の頭の中は、困惑していた。


「いきなりこんなこと言われても、きっとミッチーには伝わらないよね。だから、ラブレター、書いてきたんだ」


 両手で受け取っていた手紙は、とても分厚い。

 そして、とても重いように感じてしまう。


「それに、私は伝わるまで言うよ。ミッチー。私は、ミッチーが好き」


 真剣な眼差し。

 その真っすぐな目に、吸い込まれそうになるような感覚。


 頭が回らない。

 こういう時、こんな時。


 そんな言葉すら、霧散して俺の中から消えていった。

 返す言葉が、どこかへ行ってしまった。


「ミッチー、好きだよ」


 何度目の告白かも、もはやわからなくなってきてしまっている。

 このままでは、このままでは。


 焦燥する気持ちだけが、先を行く。

 そんな状態で、俺は言ってしまう。


 人を育てるのは、言葉。

 自分が好きな言葉、信念を裏切る。


 そんなセリフが、口から出て行ってしまった。


「……なんだよ。あれだろ? ……またいつもの、悪戯なんだろ?」


 俺は手紙をテーブルに置き、そう言ってしまったのだ。


「夢葉さんに告った時の真似して、俺を冷やかすつもりなんだろ? 今日の悪戯は、ちょっとキツイぞ、纏愛」

「悪戯なんかじゃない。私は本気だよ、ミッチー」


 しかし、纏愛は受け入れた。

 そして、本気であると言い切った。


 ならば、そうなのであれば。


「……だったら、尚更だな」

「何が?」


 訊き返す纏愛に対し、俺も真剣に話す。


「纏愛、よく考えろ。俺は教師で、お前は生徒だ。俺たちはそういう関係だ。だからお前とは付き合えないし、纏愛にとってもこれはよくないことだ。いいか、俺たちは近すぎたんだよ。他の先生よりも、周りの生徒よりもだ。だから考え直せ」


 彼女は高校生とはいえ、視野がまだ狭い。

 俺は視野の狭い纏愛の言葉を受け入れることが、どうにもできない。


 だから、考え直してほしかった。

 俺以外の選択肢を。

 教師と生徒という関係を。


 すると、ポロっと。

 何かがテーブルに流れ落ちた。


 その先では――纏愛の目から涙が、溢れていた。


「ミッチー、セリフ長いんだって」


 それが、と彼女は続けて。


「ミッチーの本音なんだね。わかったよ」


 そう言って、纏愛は鞄を手に持ち、部屋から駆け出した。


「おい纏愛!」


 俺は彼女の手紙を手にし、鞄に入れてから纏愛の後を追いかけようとした。


 まずい。

 きちんと気持ちは伝えたつもりだ。


 しかし、なにかまずい気がする。


 今の纏愛はおそらく、俺に依存してしまっている。それが一気に近くなって、遠ざけてしまった。


 彼女がこの後、何をするか想像がつかない。


 最悪の展開ばかりが、頭の中に映り、それぞれのシーンが変わり変わり変わり変わり、変わっていく。


 部屋のドアを開け、急いで店を出ようとする。

 だが、受付で止められてしまう。


「お客さん! 帰るならお金!」


 店員さんの、焦った声に、ピタリと足が止まる。

 会計が、まだだったのだ。

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