第33話

 雨が降る中、俺は纏愛に呼び出された場所へと向かった。そこは、彼女と校長が揉めていた、カラオケ屋さんだった。

以前は外でのやりとりに割り込んだのだが、今日はお店の中——部屋の中へと二人で入った。


 部屋は、居酒屋の個室のような大きさだった。二人で入るには狭すぎず広すぎない、ピッタリな場所だった。照明をつけ、纏愛が先に座る。俺は彼女の対面に座り、話を聞く態勢に入った。しかし、纏愛の表情は曇ったままだ。互いに、沈黙を保つ。


 部屋では、流行りの曲の紹介だったり、カラオケの機能紹介だったりと、コマーシャルがただただ、流れていた。


 話がある、ということでこの場所に来たのだが、これでは話しにくいだろう。しかし、いきなりカラオケ本体のノズルを捻って無音になってしまっては、さらに話しにくくなってしまうかもしれない。


 うーん、この。


 焦ったい気持ちを抑えつつ、俺は彼女の言葉を待った。こういう時、教師は待つべきだ。生徒は、自分のタイミングで話をしたいはず。そこで俺が急かしてしまっては、言いたいことが言えなくなってしまう可能性が高い。


 そんな自問自答を内心でしていると、纏愛が動き出した。


 俺と同じ考えをしていたのか、カラオケ本体の方へと向かい、手を伸ばした。やはりコマーシャルがあると、話しづらいよな。


 しかし彼女は、ポチ、となにかのボタンを押した。


 すると、部屋で流れていた音が、一瞬で消えた。

 聞こえてくるのは、隣の人の歌声。

 そして、早まる自分の鼓動。


 だが、モニターは動いており、映像が無音の状態で流れている。どうやら、スピーカーの電源ボタンのようなものを押したのだろう。その結果、映像だけは流れ、音だけが消えた。


 ……そんなこと、勝手にやって大丈夫なのか……?


 心配になりつつも、俺は座ったまま、彼女に向き合う。向き合って、彼女の言葉を待つ。待って待って、ようやく――。


「……最近、理科室行けなくてごめん」

「……だ、大丈夫。気にするな」

「あと、ミッチーのこと、ちょっと避けてた。それも、ごめんなさい」


 そう言って、纏愛は頭を下げた。

 俺は顔を上げるように言ってから、質問を投げる。


「纏愛、なにかあったか? 俺がなにか嫌なことしてたなら、教えてほしい」

「ミッチーは何もしてないよ。ただ、その……」


 彼女の言葉は、ゆっくりとかき消されていった。

 なにか悩みがあるのだろうか。


 なかなか、俺と目を合わせてくれない。


 そして、俺が何かやったわけでもない。となれば、やはり家族関係だろうか。それを俺が踏み込んでいいものかとも悩んだが、関係性が関係性だ。踏み込んでも問題はないはず。


「なにか、家で問題が起きたのか? 例えば、カンタが誤解されることしたとか」

「違う。全然、ミッチーが心配することじゃなくて……だから、その、ありがとーだけど、心配しないで。ほんとーに、大丈夫だから」


 彼女はゆっくりと、俺に説明をしてくれた。


 ――俺が心配することじゃない……?


 本当に大丈夫。

 纏愛はそう言った。


 しかし、様子が変なのは確かだ。


 目を合わせないし。

 こっち向かないし。

 なんかモジモジしているし。

 

 なんだ、なにがあるんだ。

 話ってなんだ。

 

 そう訊こうとしたところで、纏愛は鞄を開け始めた。

 そして、一通の手紙を取り出した。

 

 封筒に入った、分厚い手紙。

 それを俺に渡して、纏愛は――。


「ミッチー、好きです」

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