第30話

 定期テスト――もとい、中間テストの結果が発表された。それぞれ、科目の授業開始時に名前を呼ばれ、返却される。それに一喜一憂し、その後に教師から平均点、および赤点の発表をされる。


 すべてのテストが返却されると、今度は合計点を参照したランキング表が作成され、各学年の中央位置にある廊下に張り出される。


 私立であり、進学校でもあるうちでは、このランキングに目を光らせる生徒が多い。成績が良ければそれほど良い大学へ進める可能性がある。そして、この結果でライバルが生まれ、切磋琢磨する子もいる。


 このランキング表は、特に一年生の最初のテスト――今回の中間テストがキモになってくる。


 というのも、一年生はまだ交友関係、ネットワークが不十分にある。どのクラスの誰が高得点を取るのか――それが注目される。


 そしてその座を手にした者、学年一位を取った生徒は、マウントを取ることができる。「俺は私は、この学年で一位なんだ」という自信。そして周りからの目線がガラリと変わり、勉強を教えてもらおうと媚びを売る、胡麻を擦る子が多くなっていく。


 しかし、そんなことにめっぽう興味の無い生徒が、一人いた。

 理科室。その奥にある準備室で、二人が並んで座っている。


 一年生のランキング表が掲載されたということは、すべての科目のテストが返却されていることになる。


 纏愛の国語のテストも、もちろん帰ってきている。

 苦手だった科目。

 どうがんばっても文章問題が難所だった。


 理屈をつけ、駄々をこね。

 そして俺と夢葉さんの告白エピソードを聞き、この苦手を得意に変えると約束した、小鳥遊纏愛の国語の点数は――。


 六十点。


 赤点の危機に迫っていた纏愛にとって、これは急成長と言える。

 なんなら平均点以上。

 これは得意にしたと言ってもいいレベルだ。


「すごいじゃないか纏愛」


 褒めてやる。

 褒めてやる、が……。


 本人はとても落ち込んでいた。


 他の教科の点数が悪かった、というわけではない。他の点数も、すべて六十点以上で、赤点を取る心配は無い。

 無いのだが。


 めちゃくちゃ落ち込んでいる。

 机に突っ伏し、「うー」と唸りながら、足をバタバタさせている。


「……そんなに落ち込む程じゃないだろ。ほら、生物なんて九十七点。ケアレスミスさえなければ満点だ」

「……そーじゃない」

「じゃあ何に拗ねてるんだ」


 訊くと、少しだけ顔を上げた。

 頬を膨らませ、俺から視線を逸らして。


「……国語も九十点取りたかった」


 と言うのだ。


 充分頑張ったと思うのだが、どうやら本人はまだまだ、自分の努力が足りていないことに、とても悔しがっていたらしい。


「ねー、ミッチー。どーやったら国語得意になれるかな」

「国語苦手な俺に訊くかそれ……」


 これでも充分だと言いたいが……。


 おそらく、それは俺のエゴだろう。約束を果たしてくれた、という事実に、自分が満足しているだけだ。


 彼女は今、とても悔しがっている。

 それなら、どんな言葉をかけてやるか。


 国語の文章問題は、テストに答えが載っていると聞く。


 これをもう一度言うか?

 いや、それでは二番煎じだ。


 もっとこう、なにか。

 なにかないか。


 ――カンタの時も、こんな感じだったな。


 ふと、十年前のことを思い出す。


 そう、あれから十年も経っている。あの時は新米教師だったから、言葉が出なかった。だからこそ、必死になにかを伝えることを意識した。


 十年経っているんだぞ。


 真剣に悩んでいる生徒の前で、俺はまた同じように悩んでしまっている。まるで成長していない。


 それこそ、俺が二番煎じになっているじゃないか。

「……纏愛、ちょっといいか」

「んー? どしたの急に」


 俺は纏愛の隣に座り、彼女の方を向いた。

 このままではいけない。


 が、俺がまだ未熟であるのは間違いない。

 だからこそ、やらなきゃならないことだってある。


「俺を殴ってくれ」

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